「教えてください」と言える人が成功する——デール・カーネギーに学ぶ“謙虚な批判の受け方”
taka
Taka Knowledge Output
平和を前提とした経済の盲点 経済学は物価上昇の抑制を主目的に発展してきた。市場競争を激化させ、物価を引き下げるグローバリゼーションはその象徴といえる。しかし、主流派経済学とグローバリズムには決定的な盲点がある。それは「自由な交易ができる平和」を前提としている点、そして「デフレ」を想定していない点だ。
覇権国という絶対的な調整者の存在 かつて織田信長は国内を統一し、関所の廃止や市場の自由化、物流の安全確保によって経済成長をもたらした。これを地球規模で実現するには、圧倒的な「覇権国」が必要になる。第一次のイギリス、第二次のアメリカがこれに当たる。しかし、国内統一とは異なり、グローバリズムの参加者は国益の異なる別々の共同体だ。そのため、必ず裏切り者が現れる。自由貿易の裏で自国産業を保護し、国力を蓄えた挑戦国は、やがて覇権国を脅かす存在へと成長していく。
崩壊する前提と繰り返される紛争 挑戦国の国力が覇権国に迫ると、世界各地で紛争が頻発し始める。これにより、グローバリズムの絶対条件であった「自由航行」が崩壊する。資源の安定調達が不可能となった各国は、生存をかけて動き、やがて大戦へと突き進む。これが第一次グローバリズムの崩壊から第二次世界大戦へと至った歴史の構造である。
デフレを無視した政策が招く破滅 もう一つの問題は、経済学が「作れば売れる」という前提に立ち、デフレを想定していない点だ。総需要の不足を無視し、デフレ下でも物価抑制や自由化を突き進めた結果、国民は困窮し、社会不安と政治の混乱を招く。私たちは今、かつての1930年代に酷似した過渡期にいる。「平和」や「人権」という綺麗ごとだけでは、国家の生存すら守れない厳しい時代が再び幕を開けたのだ。