日本の貯蓄を奪った真犯人。「高齢化」の思い込み
貯蓄大国の崩壊と「高齢化」という言い訳
日本はかつて、世界でもトップクラスの貯蓄大国として知られていた。しかし、1990年代後半から2000年代の初頭にかけて、家計の貯蓄率は突如として急激な低下を始めた。 この現象に対し、当時のエコノミストたちはこぞって「高齢化が進んだからだ」と結論づけた。人は高齢になると年金や過去の貯蓄を取り崩して生活するため、高齢者が増えれば国全体の貯蓄率が下がるのは当然だ、という論理である。
財政破綻の恐怖を煽った「見かけの相関関係」
この一見もっともらしい「高齢化原因論」が、日本の経済政策を大きく歪めることになった。 「このまま高齢化が進めば家計の貯蓄は底をつき、国債を国内で買い支えられなくなって日本は財政破綻する」。そんな恐怖のシナリオがまことしやかに語られ、国が支出を絞る「緊縮財政」を正当化する口実として使われたのである。しかし、2005年頃になると妙なことが起きた。高齢化はさらに進んでいるにもかかわらず、家計の貯蓄率がパタリと下がらなくなったのだ。
貯蓄を奪った真犯人は「資金需要の消滅」
高齢化だけが原因ではないとすれば、一体何が家計の貯蓄を奪ったのか。その真犯人は、ここでも「ネットの国内資金需要」の消滅である。 1995年の財政危機宣言などを機に、企業も政府も財布の紐を固く締めた。社会全体でお金を使う力が失われた結果、家計に回ってくるはずの所得が激減してしまったのだ。しかし、人間の生活水準はそう簡単に下げられるものではない。収入が減っても支出をすぐには削れず、結果として貯蓄に回す余裕がなくなった。これこそが、貯蓄率急低下の真実である。
コロナ禍の教訓と、再び縮む家計への警鐘
その後、国の資金需要はゼロ水準で張り付き、日本の家計は長らくカツカツの状態を強いられてきた。 記憶に新しいコロナ禍では、給付金などの大規模な財政出動が行われ、家計の貯蓄率は一時的に急上昇した。だからこそ、その後の激しい物価高に対しても、家計は消費を極端に落とさずに耐え抜くことができたのである。 しかし、国が再び支出を絞り始めた現在、家計の貯蓄率は再び低下の一途をたどっている。「高齢化」という言い訳を捨て、国と企業が確かな資金需要を生み出さなければ、私たちの豊かさは本当に失われてしまうだろう。
