はじめに
膝関節における「水が溜まる」状態、いわゆる関節水腫は臨床で頻繁に遭遇する病態です。その中でも、**膝蓋上嚢(suprapatellar bursa)**に水腫が貯留すると、膝屈曲可動域の低下や関節安定性の低下を引き起こします。
本記事では、膝蓋上嚢の解剖と水腫による影響、さらに臨床での評価・治療戦略について整理します。
膝蓋上嚢の解剖学的特徴
- 位置:膝蓋骨上縁から大腿骨前面に広がる滑液包
- 役割:膝屈曲時に遠位へ滑動し、二重関節構造として膝の動きを円滑にする
- 形態:前後径は通常薄く、膝関節の動態に追従できる柔軟性を持つ
正常な膝では、膝屈曲に伴い膝蓋上嚢が滑動することで、大腿四頭筋腱と大腿骨間の摩擦が軽減されます。
水腫貯留による影響
滑膜炎や外傷を契機に膝蓋上嚢に水腫が貯留すると、以下のような問題が生じます。
1. 膝屈曲可動域の減少
水腫により膝蓋上嚢の前後径が増加 → 大腿四頭筋腱が大腿骨に圧迫され、屈曲可動域が制限される。
2. 摩擦刺激の増大
水腫が増加すると、膝蓋上嚢と周囲組織の摩擦が増し、炎症反応を助長。結果として疼痛が増悪する。
3. 安定化機構の低下
水腫の存在はエネルギー代謝を乱し、大腿四頭筋の求心性収縮が低下。膝関節の安定性を損ない、再び水腫を誘発する悪循環を生む。
臨床評価のポイント
- 波動の確認:大腿四頭筋腱前縁の波動を触診し、水腫の残存を評価
- 屈曲制限の程度:膝屈曲角度を測定し、制限が水腫に起因しているかを判断
- 炎症徴候:熱感・腫脹の有無を確認し、滑膜炎との関連を把握
臨床での治療戦略
1. Quadriceps setting
- 大腿四頭筋の等尺性収縮を繰り返すことで動的支持性を確保
- 膝蓋上嚢内の水腫吸収を促進し、波動の消失を目標とする
2. 冷却療法の併用
- 局所を反復的に冷却することで炎症反応を抑制
- 運動療法と組み合わせることで吸収効率を高める
3. 関節安定化の強化
- 大腿四頭筋の活動を促進し、膝伸展機構を安定化
- 特に内側広筋の活動性を高めることが膝蓋骨求心性の改善に有効
4. 穿刺による除去(医師による対応)
- 水腫が多量で疼痛や制限が強い場合は穿刺によって減量可能
- ただし、根本的な炎症や機能障害が残存していると再貯留のリスクが高い
臨床での注意点
- 水腫は「結果」であり、「原因」ではないことを常に念頭に置く
- 単なる除去では再発を繰り返すため、滑膜炎や伸展機構の異常を評価し、根本的な治療を行うことが重要
- 水腫吸収が進むと、大腿四頭筋腱の動態が改善し、屈曲可動域も回復しやすくなる
まとめ
- 膝蓋上嚢は膝屈曲時に滑動して関節を円滑にする滑液包
- 水腫が貯留すると膝屈曲可動域制限・摩擦刺激増大・関節安定性低下を招く
- 臨床対応はQuadriceps setting+冷却療法+安定化運動が基本
- 穿刺は即時的には有効だが、根本的な機能回復を図らなければ再発する
膝蓋上嚢内の水腫は、膝屈曲制限の一因として必ず評価すべき要素です。水腫そのものの吸収を目指すだけでなく、大腿四頭筋と膝蓋上嚢の機能的連動を回復させることが、臨床的なゴールとなります。
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理学療法士として臨床に携わりながら、リハビリ・運動学・生理学を中心に学びを整理し発信しています。心理学や自己啓発、読書からの気づきも取り入れ、専門職だけでなく一般の方にも役立つ知識を届けることを目指しています。