人は記憶を作り出す|アドラー心理学に学ぶライフスタイルと記憶の関係
私たちは日々多くの出来事を経験しています。
しかし、そのすべてを正確に覚えているわけではありません。むしろ、覚えている記憶は断片的で、自分にとって意味のあるものに偏っているのではないでしょうか。
心理学者アルフレッド・アドラーは、この現象を鋭く指摘しました。
著書『人間知の心理学』の中で、彼はこう述べています。
人は記憶を作り出す。
現象をライフスタイルに合わせて解釈し、合わないものは排除し、合ったものだけを受け取る。
つまり、人は「写真のように客観的に記憶する」のではなく、「自分のライフスタイルに沿った形で記憶を再構築する」のです。
ライフスタイルが記憶を選び取る
ライフスタイルとは、その人独自の世界の捉え方や行動パターンのことです。
子ども時代の経験を通じて形成され、その後の人生の課題にどう向き合うかを決める基盤となります。
- 「自分は愛されない」と感じている人 → 愛された経験を忘れ、拒絶された経験だけを強調して記憶する
- 「自分は有能だ」と思っている人 → 失敗を軽視し、成功体験を中心に記憶する
- 「人は信頼できる」と考えている人 → 裏切られた出来事よりも助けてもらった体験を残す
このように、記憶は「事実」ではなく「解釈」であり、ライフスタイルによって選び取られ、作り出されるのです。
なぜ記憶は歪められるのか
人間の脳は、現実をすべて正確に記録する能力を持ちません。
そのため「自分にとって意味のあるもの」「世界観を強化するもの」だけを残そうとします。
この仕組みによって――
- 自分の信念に合う出来事 → 鮮明に覚えている
- 自分の信念に合わない出来事 → 忘れる、または存在しなかったかのように扱う
時には「なかったものをあったように」「あったものをなかったように」記憶してしまうことさえあります。
記憶は事実ではなく「物語」
アドラー心理学の立場では、記憶とは客観的な事実の記録ではなく、自分が生きるために編み出した物語 と考えられます。
- その物語が「勇気をくじく方向」に働くなら、人生は停滞する
- その物語が「勇気を与える方向」に働くなら、人生は前進する
記憶そのものが変えられなくても、記憶の「意味づけ」を変えることで、人生の物語は新しく書き換えられるのです。
教育や子育てにおける意味
この視点は、子どもを理解する上でも重要です。
- 叱られた経験 → 「自分はダメだ」という記憶として残る場合もあれば、「次に頑張ろう」と勇気を与える記憶になる場合もある
- 褒められた経験 → 「認めてもらえた」と強い自信になる場合もあれば、「もっとやらないと価値がない」とプレッシャーになることもある
つまり、同じ出来事でも子どものライフスタイルによって記憶は全く違う意味を持つのです。
だからこそ、教育者や親は「子どもがどう受け取ったか」を丁寧に見極める必要があります。
自己理解への応用
大人にとっても、「自分の記憶の選び方」を理解することは自己成長に役立ちます。
- いつも思い出す出来事は何か?
- それはどんなライフスタイルを強化しているか?
- もし別の解釈をしたら、どんな意味を持つだろうか?
こうした問いを持つことで、過去の出来事を「勇気づける物語」として再構築することができます。
まとめ
人は経験をそのまま記憶するのではなく、自分のライフスタイルに沿って「記憶を作り出す」存在です。
そのため、同じ出来事でも人によって意味が大きく異なります。
記憶は事実ではなく物語であり、その物語をどう解釈するかで人生の方向が決まります。
勇気を失わせる物語ではなく、勇気を与える物語を選び直すこと――それがアドラー心理学が教える生き方なのです。
