薄筋の選択的伸張評価と鵞足部痛の鑑別|縫工筋との違いと臨床応用
鵞足筋群の中でも重要な“滑走筋”―薄筋とは
鵞足部(pes anserinus)は、縫工筋・薄筋・半腱様筋の3筋が脛骨内側上部に集束する部位で、膝内側の動的安定化に関与します。
この中で薄筋(gracilis muscle)は、最も内側を走行し、股関節と膝関節をまたぐ二関節筋です。
薄筋の基本解剖
- 起始:恥骨下枝
- 停止:脛骨内側上部(鵞足部中央層)
- 作用:股関節内転、膝関節屈曲・下腿内旋
薄筋は内転筋群に分類されますが、膝関節においては屈曲・内旋作用を持ち、
MCL(内側側副靱帯)表層と密接に関係しています。
このため、鵞足炎や膝内側痛では薄筋の滑走障害が関与していることが多く、
的確な伸張テストによる鑑別が求められます。
薄筋の選択的伸張テスト(C34)
薄筋を選択的に伸張して評価するには、
股関節外転位+軽度内旋を加え、膝関節を伸展させる肢位をとります。
▶ テスト手技
- 被検者を仰臥位にし、
股関節を**外転位(+軽度内旋)**に保持。 - そのまま膝関節を伸展していく。
- 必要に応じて足関節背屈を加えることで、
薄筋腱(特に膝内側下部)を遠位方向へ牽引。 - 膝内側部に疼痛や張り感が出現するかを確認。
この手技により、薄筋腱を選択的に延伸でき、縫工筋との鑑別が可能です。
特に足関節背屈位で腱の遠位牽引を加える点が、縫工筋伸張テストとの明確な違いです。
鑑別ポイント:縫工筋との違い
鵞足部の疼痛は、縫工筋・薄筋・半腱様筋いずれでも発生し得ます。
そのため、疼痛部位と誘発動作からの鑑別が重要です。
| 項目 | 縫工筋 | 薄筋 |
|---|---|---|
| 主な起始 | 前上腸骨棘(ASIS) | 恥骨下枝 |
| 作用 | 股関節屈曲・外転・外旋、膝屈曲 | 股関節内転、膝屈曲・内旋 |
| 伸張肢位 | 股関節伸展・内転・内旋+膝伸展 | 股関節外転+膝伸展(+背屈) |
| 疼痛部位 | 大腿前内側〜膝前内側 | 膝内側下部〜MCL遠位部 |
| 皮膚滑走障害 | 頻発(縫工筋症候群) | 比較的少ない |
| 組織間癒着 | 少ない | 多い(腱膜癒着) |
縫工筋由来の痛みは前内側寄り、
薄筋由来の痛みは膝内側後方寄りに出る傾向があります。
また、縫工筋は皮下組織との滑走障害を伴いやすいのに対し、
薄筋は腱膜やMCLとの癒着が問題となりやすい点が臨床的な違いです。
薄筋短縮の影響と臨床症状
薄筋が短縮または過緊張状態にあると、以下のような臨床的特徴がみられます。
- 膝内側下部(脛骨近位内側)に圧痛
- 膝屈曲初期での引っ張られるような痛み
- 立ち上がりや階段昇降での違和感
- 歩行時、膝内側の“ツッパリ感”や滑走制限
これらは薄筋腱の滑走不全によって腱膜とMCLが擦れる摩擦刺激が増大しているサインです。
薄筋腱症候群(Gracilis Tendinopathy)の特徴
薄筋腱症候群は、いわゆる「鵞足炎の中核的病態」と考えられます。
臨床的には以下のような特徴を持ちます。
- 圧痛点はMCL遠位部または縫工筋腱との交差部
- 組織間滑走が制限され、屈曲・伸展に伴い痛みを訴える
- エコーで腱の肥厚・低エコー域を確認できる場合がある
- ストレッチテストで膝前内側よりもやや下方に疼痛が出現
また、薄筋は他の鵞足筋に比べて扁平な腱膜構造を持つため、
癒着が生じやすく、摩擦刺激に敏感である点が特徴です。
薄筋の伸張評価から得られる臨床的意義
薄筋の選択的伸張テストにより、次の3点を明確にできます。
- 疼痛の再現部位の特定
→ 膝内側下方に痛みが出る場合は薄筋由来の可能性が高い。 - 縫工筋・半腱様筋との鑑別
→ 股関節肢位(外転+内旋)の違いで筋を分離的に評価できる。 - 滑走障害・癒着の有無の推定
→ 動的摩擦感・索状抵抗がある場合は腱膜癒着を疑う。
このように、単なる柔軟性評価ではなく、動作中の滑走制限や疼痛発生機序の把握にも役立つテストです。
臨床介入の方向性
薄筋の滑走障害や短縮に対しては、以下のようなアプローチが有効です。
- 腱膜間モビライゼーション
MCL遠位部〜鵞足腱膜間の層を軽度に剪断し、滑走性を改善。 - 足関節背屈位での動的ストレッチ
下腿筋膜を介して薄筋腱を遠位牽引し、動的に滑走を促す。 - 股関節内転筋群との協調運動再教育
薄筋単独ではなく、恥骨筋・長内転筋と連動した筋収縮を促す。
これにより、過剰収縮の抑制+滑走性の回復が期待できます。
まとめ:薄筋の選択的伸張は鵞足部痛の原因を明確にする
薄筋は鵞足筋群の中でも特にMCLと密接に関係する滑走筋であり、
腱膜癒着による滑走障害が疼痛の主因となりやすい筋です。
- 股関節外転+膝伸展(+背屈)での選択的伸張テストが有効
- 疼痛再現部位は膝内側下部〜MCL遠位部
- 縫工筋との鑑別により治療の焦点を明確化
臨床では、このテストを用いることで鵞足炎の本態を特定し、精度の高い治療方針を立てることが可能になります。
