フランクリンの「13の徳」に学ぶ:一度にすべてを変えようとしない、習慣化の極意
ベンジャミン・フランクリンの『自伝』の中でも特に有名なのが、彼が自ら定めた**「13の徳」**です。
前回の記事で触れたように、彼は25歳のとき、「理論だけでは人は変われない」と痛感し、実践のための方法論を作り上げました。その中心にあったのが、“徳を習慣にする”という発想でした。
フランクリンは、道徳や人格を磨くには「正しいことを理解する」だけでは不十分で、「日々の行動に落とし込む仕組み」が必要だと考えました。
そこで、さまざまな倫理書や哲学書を読み、自分の人生にとって最も重要で、かつ現実的に実践できる徳目を厳選し、13個の徳としてまとめたのです。
■ フランクリンが定めた「13の徳」とは?
フランクリンは、以下の13項目を生涯の指針としました。各項目には、短い戒律(ルール)を添えています。
- 節制 ― 食べ過ぎず、飲み過ぎないこと。
- 沈黙 ― 無駄なことを言わず、有益な会話だけをする。
- 秩序 ― 物事にはそれぞれの定位置を。時間にはそれぞれの目的を。
- 決断 ― やるべきことを決めたら、確実に実行する。
- 節約 ― 他人や自分に有益なこと以外に金を使わない。浪費を避ける。
- 勤勉 ― 無駄な時間を過ごさず、常に何か有意義なことを行う。
- 誠実 ― 欺かず、真実を語り、信頼を裏切らない。
- 正義 ― 他人に損害を与えず、義務を怠らない。
- 中庸 ― 極端を避け、怒りも抑える。
- 清潔 ― 身体・衣服・住居を常に清潔に保つ。
- 平静 ― 小さなこと、避けられないことに動揺しない。
- 純潔 ― 節度を守り、身体と精神の健康を損なわないようにする。
- 謙虚 ― イエスとソクラテスを手本とする。
この13の徳は、宗教的というよりも実践的な人格形成プログラムとして設計されています。フランクリンにとって重要だったのは「説教すること」ではなく、「自分の行動を整えること」でした。
■ 一度にすべてを実行しない――「一つずつ習慣化」の原則
フランクリンのメソッドの画期的な点は、**「一度にすべてをやろうとしない」**という考え方です。
彼は次のように記しています。
「13すべての徳を同時に実行すると注意が散漫になる。一つの徳を完全に身につけたら、次に進むことにした。」
つまり、毎週1つの徳に集中し、1週間が終われば次の徳へ移る。そして13週(約3か月)で1サイクルを終え、また最初に戻る。
このようにして、1年間に約4回、13の徳をすべて実践できるように仕組まれていました。
これは現代の行動科学でも「フォーカス習慣(One Habit Focus)」と呼ばれるアプローチと一致します。
人間の意志力には限界があり、同時に複数の習慣を変えることは難しい。だからこそ、**“一つずつ確実に定着させる”**ことが成功への最短ルートなのです。
■ 習慣を定着させる「順序」の工夫
フランクリンは、徳を並べる順番にも工夫を凝らしました。
たとえば、「節制」を最初に置いたのは、心身を整えなければ他の徳を実践できないと考えたからです。
また「平静」や「謙虚」を最後に置いたのは、他の徳をある程度身につけた後にこそ到達できる高次の心の状態だからです。
このように、行動と心の成熟プロセスを踏まえた設計になっている点が、フランクリンの洞察の深さを物語っています。
■ 現代にも通じる「習慣化の3ステップ」
フランクリンの方法論は、300年後の現代でもそのまま応用できます。
次の3ステップで、あなた自身の“徳”や“目標”を習慣化してみましょう。
- 目標を13個に絞る必要はないが、明確なリストを作る。
(例:「早寝」「感謝を伝える」「SNSを見すぎない」など) - 一度に一つの行動に集中し、1〜2週間続ける。
小さな成功体験を積み重ねて、次の目標へ。 - 進捗を可視化する。
チェックリストや手帳で記録し、完璧を求めず淡々と続ける。
この方法は、時間管理・感情のコントロール・人間関係の改善など、あらゆる分野に応用可能です。
■ まとめ:小さな徳が人生を形づくる
フランクリンは、13の徳を“完璧に守れた”わけではありません。
彼自身も、何度も失敗しながらやり直したと記しています。
それでも彼はこう述べています。
「完全には至らなかったが、この努力のおかげで、かつてよりはるかに良い人間になれた。」
まさにこの言葉こそが、「習慣化の本質」です。
大切なのは“完璧さ”ではなく、“継続しようとする姿勢”なのです。
私たちも、すべてを一度に変える必要はありません。
フランクリンのように、一つの習慣、一つの徳から始めてみること。
それが、人生を静かに、しかし確実に変えていく第一歩になるのです。
