『人間をかんがえる ─ アドラーの個人心理学入門』──人の「心のしくみ」を読み解く、アドラー思想の原点
アドラー自身が語る「人間とは何か」──心理学の原点に立ち返る一冊
「嫌われる勇気」で知られるアドラー心理学。その思想の源流に触れられるのが、アルフレッド・アドラー自身の著書『人間をかんがえる』(河出書房新社)です。
フロイトやユングと並ぶ心理学の巨匠・アドラーが、人の心の本質や性格の形成、そして「人が社会の中でどう生きるか」を真正面から論じた一冊。
現代の心理学のような統計的手法ではなく、「人間そのものを深く観察する哲学的心理学」と言える内容です。
アドラーを解説した入門書は数多くありますが、「本人の言葉」を読むことで初めて、その思想の核心に触れることができます。
1. 幼少期に「人生のひな形」ができる──人の心は早期体験で方向づけられる
アドラーは、人間の心を理解する鍵は「幼年時代のごく初期」にあると述べます。
幼い頃に受けた印象や環境、家族との関係が、その人の行動指針や価値観の原型をつくり上げるのです。
人は成長しても、新しい経験によって自分を変えるというより、むしろ「幼少期に身につけた生き方」を強化する方向に動く傾向があります。
つまり、子ども時代の記憶をたどれば、その人がどんな世界観を持ち、どんな行動パターンで生きているかを知ることができる──これがアドラーの核心です。
私たちが大人になっても繰り返す「思考のクセ」や「不安のパターン」は、実はこの“人生のひな形”に根ざしているのかもしれません。
2. 「共同体感覚」──人間は一人では生きられない存在
アドラー心理学を特徴づける概念のひとつが「共同体感覚(Gemeinschaftsgefühl)」です。
人間は本質的に社会的な存在であり、他者とのつながりなしには幸福になれません。
他人との協力、信頼、思いやり──それが人間の健全な心の発達を支える基盤だとアドラーは説きます。
一方で、この共同体感覚がうまく育たない場合、人は孤立し、他人を敵視するようになります。
例えば、愛情の欠如や過保護、経済的困難、身体的ハンディなどが、他人との関係に壁を作ってしまうことがあるのです。
アドラーは、人間の問題の多くは「他者との関係の持ち方」に起因すると指摘します。
つまり、人間理解とは「孤立した個人」ではなく、「関係性の中の個人」を見ることにほかなりません。
3. 性格は“先天的”ではなく“後天的”に作られる
アドラーは明確に述べます。
「性格は、生まれつきのものではない。幼年期に、世界とどう向き合うかを学ぶ中で形成されるものだ。」
人は、環境に適応しようとする中で、自分なりの“対処法”を発達させます。
それが繰り返され、やがて「性格」として定着します。
たとえば、怠惰な人はもともと怠け者なのではなく、「失敗したくない」「他人に認められたい」という不安から、無意識のうちに“動かない”という手段を選んでいる。
つまり、どんな性格にも目的と意味があるというのです。
この「目的論的」な視点は、後の自己啓発やカウンセリングにも多大な影響を与えました。
4. 劣等感と優越感──人を動かす二つの原動力
アドラー心理学のもう一つの重要概念が「劣等感」です。
人は皆、何らかの形で劣等感を抱えて生きています。
しかし、劣等感そのものは悪ではありません。
それは、成長や努力の原動力になる“健全な刺激”でもあるのです。
一方で、劣等感が強すぎると、他者を敵視したり、優越感で自分を守ろうとしたりします。
アドラーは、人の攻撃的な性格や虚栄心の裏には、しばしば「強い劣等感」が隠れていると見抜きました。
そして、他者と比べて優劣をつけるのではなく、「他者と協力して課題を解決する」姿勢こそが幸福の鍵だと説きます。
5. 無意識と行動──“心の指針”は一貫している
アドラーは、人の行動には常に一貫した「目的」があると考えます。
無意識の中にある価値観や思い込みが、行動のすべてを方向づけているというのです。
たとえ矛盾して見える行動も、根底には一貫した「人生の方針(ライフスタイル)」が流れています。
たとえば、常に他人を批判する人は、「自分が正しい」と思うことで安心を得ようとしているのかもしれません。
この“無意識の指針”を理解することが、他人や自分の心を理解する第一歩です。
6. アドラーの人間観──「人は変われる」
アドラーが一貫して語るメッセージは、**「人は変わる力を持っている」**という希望です。
たとえ幼少期に形成された人生のひな形があっても、人はそれを意識し、理解し、より良い方向に修正することができる。
そのための鍵こそ、「共同体感覚」と「勇気」です。
勇気をもって他者とつながり、自分の行動の目的を見つめ直すこと──
それが、アドラーの言う“人間として成熟する”ということなのです。
まとめ:アドラー心理学を“源流”から理解するために
『人間をかんがえる』は、現代的な読みやすさはないかもしれません。
しかし、その一文一文には、100年を経ても色あせない「人間への洞察」が込められています。
人間理解とは、他者理解であり、自己理解でもある。
アドラーの思想は、「どう生きるか」を考えるための原点です。
アドラー心理学を入門書で知った人こそ、次に読むべきはこの“本人の言葉”です。
そこには、あなた自身の人生を照らす「心の地図」が描かれています。
