筋膜の基本的な役割(従来の理解)
筋膜(fascia)は、長らく「補助的な結合組織」と考えられてきました。しかし、近年その重要性が改めて注目されています。従来から知られている役割は次の4つです。
- 包装の役割:体全体を覆い、構造を区分しつつ結びつける
- 保護の役割:筋や内臓を包み込み、外力から守る
- 支持の役割:三次元的なバランスを保持し、関節アライメントや姿勢を決定する
- 通路の役割:神経・血管が通過するルートを形成する
筋膜の新しい役割① ― 組織修復(Wound Healing)
最近の研究では、筋膜が**創傷治癒(wound healing)**に積極的に関与していることが分かってきました。
- 浅い皮膚損傷 → 真皮の線維芽細胞が瘢痕を形成
- 深部の損傷 → 筋膜の線維芽細胞が修復に不可欠
つまり、筋膜は「ただの覆い」ではなく、組織損傷に対して能動的に修復機能を果たす組織であることが明らかになっています。
筋膜の新しい役割② ― 痛みの受容
「筋膜は痛みを感じるのか?」という問いに対し、2011年にTesarzらが行った研究が重要な証拠を提示しました。
- 胸腰筋膜を観察すると、外層・中間層・内層の3層構造を持つ
- 筋膜には Aδ線維やC線維(細径求心性線維) が分布
- 特に 外層と皮下組織に多い
- 脊髄後角において筋膜由来の入力が確認され、痛みを脊髄に伝達していることが実証
さらに、筋膜に炎症を起こすと:
- 筋膜だけでなく皮膚や多裂筋を同時に支配する神経の割合が増加
- 腰部だけでなく下肢筋からも入力を受けるようになり、広範囲の痛みとして現れる可能性がある
👉 これは、臨床でよく経験する「局所の炎症なのに広範囲に痛みが広がる」現象を説明する重要な知見です。
筋膜の新しい役割③ ― ポリモーダル受容器線維
下腿筋膜を対象とした研究では、筋膜に自由神経終末が分布していることが確認されました。
- ポリモーダル受容器線維:複数の侵害刺激(機械刺激・熱刺激など)に応答する線維
- 筋膜ではその割合が 52% と高い
- 筋や皮膚にも分布するが、組織ごとに割合が異なる
このことから、筋膜は「侵害刺激に敏感に反応する組織」であり、筋膜リリースやハイドロリリースが疼痛軽減に有効である根拠のひとつといえます。
まとめ
筋膜は従来の「受動的な構造物」という理解を超えて、次のような積極的役割を担っています。
- 包装・保護・支持・通路(従来の役割)
- 創傷治癒への関与
- 痛みの受容と広範な痛覚伝達
臨床で筋膜にアプローチする意義は、まさにここにあります。
筋膜を理解することは、筋筋膜性疼痛の治療・運動療法・手技療法の質を高めるための鍵になるでしょう。