好き嫌いで物事を判断するな──新渡戸稲造『自警録』に学ぶ、感情に流されない思考法
「好き嫌い」で判断する人は、真実を見誤る
新渡戸稲造は『自警録』の中で、次のように戒めています。
「好き嫌いで物事を判断すると、とかく善悪の判断ができなくなる。」
この言葉は、人間の心理の弱点を鋭く突いています。
感情は私たちの判断を容易に歪めます。
たとえば、ある人が自分の好感を持つ相手なら、その人の欠点も許せる。
逆に、嫌いな相手の言葉や行動は、どんなに正しくても素直に認められない。
私たちは日常的に、このような「感情バイアス」に支配されているのです。
新渡戸は、こうした偏りを克服しない限り、正しい判断も、誠実な行動もできないと説きます。
感情は判断の“ノイズ”である
「たとえば政治に関しても、ある政治家のことが嫌いだとなると、その人の政策がいかに正しくても、それを間違いだと批判するようになる。」
これは、現代社会にもまったく当てはまる指摘です。
政治や社会問題に限らず、SNSや職場でも「好き嫌い」に基づく意見が溢れています。
- 「あの人が言うことだから間違っている」
- 「あの人が好きだから何をしても正しい」
こうした判断は、理性ではなく感情が主導している状態です。
そして感情に支配された思考は、真実を見失うだけでなく、誤解や対立を深める原因にもなります。
「動機」を疑うのは、論理を失った証拠
新渡戸は、さらに人間の心理の奥を指摘しています。
「その政策を論理的に論破できないときには、その政策自体はいいとしても動機が不純だなどといって批判するようになる。」
論理的に反論できないと、私たちは“相手の人格”や“動機”を攻撃してしまう。
これは感情的な防衛反応であり、理性を失った状態です。
議論や意見の場では、
- 「誰が言ったか」ではなく「何を言っているか」で考える
- 相手の意見を一度受け止めてから判断する
この姿勢を保てるかどうかが、思考の成熟を分ける鍵なのです。
「好悪で善悪を測る」のは誤った尺度
「自分の好きなものは良い、嫌いなものは悪いというように、好悪によって物事の善悪を判断することは、巻き尺で物の重さを測るのと同じように間違ったことなのだ。」
新渡戸はここで非常にわかりやすい比喩を使っています。
「巻き尺」は長さを測る道具であって、重さを測ることはできません。
同じように、「好き嫌い」という感情の物差しで「善悪」や「正誤」を測ることは不可能なのです。
正しい判断には、正しい尺度が必要です。
その尺度とは、「理性」「客観性」「道理」といった普遍的な基準です。
感情に流されない人は、信頼される
「好き嫌いで動かない人」は、一見冷静に見えて、実はとても誠実な人です。
彼らは、感情ではなく価値や道理に従って行動します。
たとえば、
- 自分にとって不利でも、正しいことを選ぶ
- 嫌いな相手でも、良い意見は素直に認める
- 好きな人でも、間違っていれば指摘する
こうした態度ができる人こそ、真に信頼される人間です。
新渡戸が説く「修養」とは、まさにこのように感情を超えた理性的な人格の育成を意味しています。
感情を抑えるのではなく、見極める
ここで誤解してはいけないのは、新渡戸が「感情を否定しているわけではない」ということです。
彼が問題視しているのは、感情に支配されること。
感情そのものは人間の自然なエネルギーであり、むしろそれを自覚して理性で整えることが大切です。
つまり、
- 「自分は今、好き嫌いで判断していないか?」
と一歩引いて考える習慣を持つこと。
この自己反省の姿勢こそが、“修養の第一歩”なのです。
「理性で考える」ための3つの実践法
新渡戸稲造の教えを、現代的に実践するための3つの方法を紹介します。
① すぐに判断せず、いったん保留する
感情が高ぶっているときは、判断を下さない。
一晩おいてから考えることで、理性が働き始めます。
② 「誰が」ではなく「何を」見る
発言者や立場ではなく、内容の正しさで評価する。
これが思考の公平性を保つコツです。
③ 自分の感情を言語化する
「なぜ自分はこれを嫌だと感じたのか?」
感情の背景を理解することで、冷静さが戻ります。
まとめ:理性で考える人が、真に自由な人
『自警録』のこの章が伝えるメッセージは、次の3つに集約されます。
- 好き嫌いで判断すると、真実を見誤る。
- 感情は抑えるものではなく、理性で導くもの。
- 理性的な判断こそが、自由で誠実な生き方を生む。
つまり、感情に支配される人は「他人によって動かされる人」。
理性で考える人は「自分で自分を導く人」なのです。
最後に
新渡戸稲造の言葉を現代風に言えば、こうなるでしょう。
「好き嫌いは人間らしさ、
でも、それで判断するのは未熟さ。」
好き嫌いという感情を超えて、正しいことを選べる人こそ、
新渡戸のいう「修養された人格」の持ち主です。
理性をもって生きること——それが、
混乱の多い時代を静かに生き抜くための“最強の力”なのです。
