「職務に忠実な人が最も惜しまれる」――新渡戸稲造『世渡りの道』が教える、信頼される人の働き方
「最も惜しまれる人」とはどんな人か
新渡戸稲造は『世渡りの道』の中で、こう語っています。
最も惜しまれる人とは、自分の職務に忠実で、品格が高く、自己を捨てて働く人だ。
この一文は、「本当に信頼される人とは誰か」という問いへの明快な答えです。
社会では、才能や知識を持つ人が評価されやすい傾向があります。
しかし新渡戸は、そうした能力よりも、誠実に役割を果たす人こそ尊いと説いています。
「惜しまれる人」とは、派手な成果を出す人ではなく、どんなときも自分の務めを全うする人。
そのような人こそ、周囲から本当に信頼され、長く記憶に残る存在なのです。
地位や評価にとらわれない謙虚さ
新渡戸は、職務に忠実な人の姿勢を次のように描きます。
自分の地位に不満を抱かず、上を見てうらやんだり、下を見て傲慢になったりせず、謙虚な気持ちで自分の仕事に全力を尽くすことができる人だ。
ここで示されているのは、「地位や比較」に心を乱されない精神です。
私たちはどうしても、他人と自分を比べてしまいます。
「なぜあの人ばかり評価されるのか」「自分はもっと上にふさわしいのではないか」――そうした思いが、不満や慢心を生むのです。
しかし、新渡戸はそれを戒めます。
職務に忠実な人は、自分の置かれた場所で最善を尽くす人。
上を見て嫉妬せず、下を見て傲らず、今ある務めを丁寧に果たす。
その謙虚さが、人としての品格を育てるのです。
「過去の栄光」と「将来の期待」にとらわれない
新渡戸はさらに続けます。
過去の栄光を夢見たり、将来の出世を期待したりして、今日の務めを怠るようなことのない人だ。
この言葉は、現代の働き方にも鋭く響きます。
「昔はすごかった」「いつか認められるはずだ」と過去や未来に心を逃がすことは、今を生きる誠実さを失うことでもあります。
どれほど立派な経験があっても、それにすがれば成長は止まります。
また、未来の出世を夢見るあまり、今日の仕事を軽視すれば、信頼は失われます。
今この瞬間の努力こそが、人生の実績を形づくる――新渡戸のこの教えは、現代人にとっても揺るぎない真理です。
忠実さは「地味な強さ」である
「職務に忠実である」と聞くと、どこか地味で目立たない印象を持つかもしれません。
しかし、新渡戸が説く忠実さは、単なる従順さではありません。
それは、信念と誇りを持って役割を果たす強さです。
- 誰も見ていないところでも手を抜かない
- 不遇なときでも腐らずに仕事を続ける
- 自分の責任を最後まで果たす
こうした姿勢は、一見地味ですが、最も尊敬に値する人間の力です。
そしてその誠実さこそが、周囲の信頼を生み、結果として「惜しまれる人」になるのです。
現代社会における「職務に忠実」という価値
効率や成果が重視される現代において、「職務に忠実」という言葉は古く感じるかもしれません。
しかし、実は今こそこの価値が求められています。
AIやデジタル化が進む中で、最も信頼されるのは「人として誠実に仕事をする人」。
短期的な成果よりも、長期的な信頼を築ける人が、どんな時代でも必要とされます。
忠実とは、他人に従うことではなく、自分の良心に誠実であること。
新渡戸のこの教えは、どんな働き方にも通じる“人間の原理”なのです。
まとめ:忠実であること、それが最も惜しまれる生き方
新渡戸稲造の「職務に忠実な人が最も惜しまれる」という言葉は、
地味なようでいて、深い人間の真理を突いています。
- 忠実とは、今の仕事を誠実に果たすこと
- 地位や他人と比較せず、謙虚に尽くすこと
- 過去にも未来にも逃げず、今日を全うすること
こうした人こそが、社会に信頼され、静かに尊敬される存在です。
人はいつか職場を去り、役職を失っても、「あの人がいてくれてよかった」と思われるような働き方ができるかどうか――。
それが、新渡戸稲造のいう「最も惜しまれる人」の条件なのです。
