「名誉や利益のために働くな」――新渡戸稲造『修養』に学ぶ、仕事の本当の目的
名誉や利益を目的にするな
新渡戸稲造は『修養』の中でこう述べています。
いやしくも志を立てるのであれば、名誉や利益を求めるのではなく、仕事を実現することを目的としたいものだ。
これは、現代にも通じる仕事の原点を突く言葉です。
名誉やお金は誰にとっても魅力的です。しかし、それを「目的」にしてしまうと、仕事の質も、自分の心も濁ってしまう。
新渡戸が言う「志」とは、他人からの評価ではなく、自分の内側にある使命感です。
その志を形にするために働くこと――それが、真の「修養(自己鍛錬)」の道だと説いています。
成果よりも「実現する姿勢」に価値がある
新渡戸は、仕事の成功そのものを否定しているわけではありません。
むしろ、正しい目的で仕事に打ち込めば、自然と成果はついてくると語っています。
仕事をして、それがうまくいけば、知らず知らずに名誉や利益がついてくるだろう。そんな場合には、何もそれを避ける必要はない。
つまり、名誉や利益は“結果”であって、“目的”ではないということ。
お金や地位を追いかけて仕事をする人より、
「この仕事を完成させたい」「社会の役に立ちたい」と思って取り組む人のほうが、結局は長く信頼され、結果として報われる――それが新渡戸の教えです。
「志の実現」を目的にする人が強い理由
名誉や利益を目的にすると、人は環境や他人の評価に左右されやすくなります。
しかし、「仕事そのものの実現」を目的にしている人は、どんな状況でも揺るがない。
- 承認されなくても、やる価値を感じられる
- 報酬が少なくても、努力を惜しまない
- 周囲の評価に振り回されず、淡々と実行できる
この「揺るがない姿勢」こそが、真のプロフェッショナルの証です。
一時的な結果よりも、自分の信じる仕事を実現することに集中できる人は、
最終的に他者からの信頼と成果の両方を手に入れるのです。
「つまらない人間」とは、目的を見失った人
新渡戸は厳しくこう言い切ります。
仕事そのものよりも地位や金銭などに目がくらむようでは、それはまさにつまらない人間だ。
この「つまらない人間」とは、他人の評価に生きる人のことです。
どんなに立派な肩書や収入があっても、仕事を通して何を実現したいのか――その答えを持たない人は、結局“空っぽ”なのです。
反対に、どんなに地味な職業でも、誠実に自分の仕事を実現しようとする人には、深い人間的価値があります。
それが新渡戸のいう「修養の道」であり、精神的な成熟です。
現代社会へのメッセージ――「目的を取り戻せ」
現代社会では、「成果主義」や「年収」「地位」といった外的指標が重視されがちです。
しかし新渡戸は、100年以上前にすでにこの風潮を見抜いていました。
お金や地位を目的にすると、
- 判断基準が「得か損か」になり、
- 誰かと常に比較し、
- 心が疲弊していく。
一方、「仕事の実現」を目的にすれば、
- 判断基準が「正しいかどうか」になり、
- 比較ではなく創造が生まれ、
- 心が満たされる。
新渡戸が説く“働く哲学”は、テクノロジーやAIが進む現代にも通じる普遍の真理です。
「志を実現する」ための3つの実践
新渡戸の思想を現代のビジネスや生活に取り入れるには、以下の3つを意識すると良いでしょう。
① 目的を言葉にする
「自分は何のためにこの仕事をしているのか?」を一文で書き出してみる。
目的が明確になると、迷いが減り、判断軸が強くなります。
② 名誉や利益は“副産物”と考える
昇進や報酬はあくまで結果。
それを求めるのではなく、「結果を出すために必要なこと」を淡々と実行する。
③ 「実現」こそ最大の喜びと心得る
アイデアを形にする、課題を解決する、誰かの役に立つ――それが「仕事の実現」です。
結果の大小に関わらず、「実現できた」こと自体を誇りに感じましょう。
まとめ:仕事の目的は、志の実現にある
新渡戸稲造の「仕事の実現を目的とせよ」という教えは、
働くことの意味を根本から問い直す言葉です。
- 名誉や利益は結果であり、目的ではない
- 志の実現こそが、真の仕事の目的
- 仕事そのものに誠実である人が、最終的に信頼される
自分の志を見つめ、実現のために誠実に働く。
それこそが、職業や立場を超えた“人間としての成功”なのです。
新渡戸が『修養』で説いたのは、「出世」ではなく「成長」の道。
今日も、目の前の仕事を通して――志を少しずつ、形にしていきましょう。
