古代ローマの哲学者セネカは『倫理書簡集』の中でこう述べています。
「何か間違いを犯しそうになったとき、そばに証人がいてくれれば、たいていの罪は防ぐことができる。魂には、そうした尊敬できる人が必要だ。その人を模範とすることで、魂の奥深くにある聖域を汚れから守ることができるのだから。」
つまり、私たちには「心の中に常に見守ってくれる模範者」が必要だというのです。
小カトーという生き方の見本
セネカがしばしば引用した人物に「小カトー」がいます。彼はユリウス・カエサルの独裁に抗い、共和制を守ろうとした政治家で、徹底して自己を律した生き方を貫きました。興味深いのは、彼が書物を一冊も著しておらず、講義も行わなかったことです。
にもかかわらず、彼の名前はストア派の著作に繰り返し登場します。それは彼が思想ではなく生き方そのものを示した人だったからです。小カトーの姿勢は、まさに「模範」として後世の哲学者に影響を与え続けました。
模範を持つことの力
セネカの言葉から学べるのは、私たちもまた自分なりの「模範者」を持つべきだということです。
・怠け心に負けそうなとき
・不誠実な行いに流されそうなとき
・短絡的に利益を優先しそうなとき
そんな瞬間に「この人がそばにいたらどう思うだろう」と心に問いかける。すると、不思議と自制が働き、自分を正しい方向へ導いてくれるのです。
経済学者であり哲学者でもあったアダム・スミスは、この存在を「公平な観察者」と呼びました。必ずしも実在の人物である必要はなく、想像の中の存在でもかまいません。大切なのは、自分の行動を映し出し、静かに戒めてくれる存在であることです。
現代における「模範者」の探し方
では、現代において私たちはどのように模範者を見つければよいのでしょうか。
- 歴史上の偉人から学ぶ
カトーやセネカのように、時代を超えて影響を与えてきた人物の生き方に触れる。伝記や名言は強力な導きとなります。 - 身近な尊敬できる人を思い描く
家族や上司、友人でもよいのです。「この人ならどう行動するだろう」と考えるだけで、自分の基準が一段階高まります。 - 架空の理想像を設定する
実在の人物に限らず、自分がなりたい理想像を「もう一人の自分」として心に置いておく方法です。
自分が模範者になるという視点
模範者を持つことは重要ですが、やがて私たち自身も誰かにとっての模範となる存在になれます。セネカはこう暗示しています。
「一緒にいるときはもちろん、そうでないときも模範として思い浮かべられる人物になれ」
もし私たちが日々、誠実に、責任を持ち、他人を尊重して生きるなら、それは周囲に影響を与え、誰かの「公平な観察者」となるのです。
まとめ ― 心の中の「証人」を育てる
人は弱さを持つ生き物です。しかし、心の中に尊敬する人物を思い描けば、その人は常に私たちの「証人」となり、正しい行動へ導いてくれます。
そしてその模範者の存在を通じて、やがて私たち自身も誰かにとっての導き手となれるのです。
人生を豊かにし、成長させるために――まずはあなたにとっての「模範となる人」を探してみてください。