『菜根譚』に学ぶ「むやみにほめたり悪口を言わない」知恵 ― 言葉の節度が人間関係を守る
『菜根譚』が教える「言葉の節度」
『菜根譚(さいこんたん)』は、明代の思想家・洪自誠(こうじせい)がまとめた、人生訓と人間哲学の書。
その中の「むやみにほめたり悪口を言ったりしない」という一節には、次のように書かれています。
「相手がどんなに立派でも、まだ親しい間柄でなければ、むやみにほめてはならない。
二人の仲をうらやみ、陰口をたたいて仲を裂こうとする者が現れるからだ。
また、たとえ相手が悪人でも、まだ関係が切れていないうちは、悪口を言ってはならない。
悪口はすぐに本人の耳に入り、思わぬ報復を受けるかもしれない。」
この言葉は、「言葉の慎み」こそが人間関係を長く保つ秘訣であることを、静かに教えています。
「ほめる」ことも使い方を誤れば毒になる
私たちは「人をほめるのは良いこと」と教えられて育ちます。
確かに、心からの称賛は人を励まし、関係を良くします。
しかし、『菜根譚』が警告するのは、“むやみにほめる”ことの危うさです。
まだ信頼関係が築けていない相手を過度に持ち上げると、
- 周囲から「下心がある」と思われる
- 他人の嫉妬を招く
- 関係が誤解され、噂や陰口の火種になる
特に職場やSNSでは、ほめ言葉も「人間関係のバランス」を崩すきっかけになります。
洪自誠の言葉を現代風に言い換えるなら、
「ほめることも、タイミングと距離感が命である。」
つまり、“誰をどの場面でどうほめるか”を見極める知恵こそが、成熟した人間関係の基礎なのです。
「悪口」は必ず自分に返ってくる
後半では、洪自誠は「悪口を言わないこと」を強く戒めています。
「たとえ相手が悪人でも、まだ縁が切れていない間は悪口を言うな。」
現代でも、職場・友人関係・SNSなど、どこにでも“悪口の危険”があります。
たとえ愚痴のつもりでも、言葉は思わぬ形で本人の耳に入り、トラブルを生む。
- 一言の陰口が、人間関係を壊す
- 小さな批判が、信頼を失う原因になる
- 感情で吐いた言葉が、自分の評判を下げる
まさに、「言葉は刃物」です。
洪自誠の言葉は、**“沈黙もまた知恵”**であることを教えてくれます。
「言葉を慎む」ことは「相手を思いやる」こと
『菜根譚』が説く“言葉の節度”は、単に「黙ること」ではありません。
それは、相手を思いやる優しさの形です。
ほめすぎると相手が周囲から浮くかもしれない。
悪口を言えば、誰かを傷つけてしまうかもしれない。
そうした「相手の立場を想像する力」こそが、言葉を慎むという行為の本質です。
東洋思想では、これを「中庸(ちゅうよう)」と呼びます。
過ぎず、足りず、ちょうどよい加減。
言葉にもこの“中庸の心”が求められるのです。
現代に生きる「菜根譚的コミュニケーション術」
現代社会では、会話やSNSなどで「すぐ反応すること」が当たり前になっています。
しかし、洪自誠が400年前に説いたこの教えは、今こそ最も大切です。
次の3つの心得を意識するだけで、言葉のトラブルを大幅に減らせます。
① その言葉は「相手不在」で話しても安全か?
陰口や愚痴は、本人のいない場では一瞬のスッキリ感をくれますが、必ずどこかで跳ね返ります。
相手がその場にいたとしても言えるか――を基準にすれば、言葉の質が変わります。
② 「ほめる」は静かに、誠実に
大げさな賞賛よりも、日常の中で小さな努力を認める言葉の方が、信頼を生みます。
「すごいですね」より、「あのときの工夫、素敵でしたね」の方が、ずっと伝わります。
③ 「沈黙」も会話の一部
すぐに言葉を返す必要はありません。
黙って頷くこと、微笑むことも、立派な“対話”の形です。
まとめ:口を慎む人ほど、言葉に重みが宿る
『菜根譚』のこの一節を現代語でまとめるなら、こう言えます。
「ほめすぎず、悪く言わず。静かな言葉にこそ信頼が宿る。」
信頼は、雄弁さではなく、言葉の慎みによって生まれます。
人の悪を語らず、人の善を静かに認める人こそが、最も品格のある人。
口を開く前に一拍おく――
その一瞬の沈黙が、あなたの人生を穏やかに、そして賢くしてくれるのです。
