ストア派の哲学者エピクテトスは『語録』でこう警告しています。
「お金については価値を見極める技術を完成させている……ところが自分自身を支配する理性のこととなると、ぼんやりとあくびをし、目や耳に入ってきた事柄をよく考えずに受け入れてしまう。」
貨幣制度が未発達だった時代、人々は硬貨を手にすると、真贋を確かめる作業を怠りませんでした。しかし、人生の根本を左右する考え方については、驚くほど無防備に受け入れてしまっている――これがエピクテトスの比喩です。
古代の「貨幣検査」と現代の私たち
ギリシャ語の ドキマゼイン は「分析する」や「検査する」という意味を持ちます。古代の商人は、受け取った硬貨を硬い表面に投げ、その音色で本物かどうかを見抜きました。
現代でも、大きな金額の紙幣を手にすると、光に透かしたり質感を確かめたりして、本物かを確認する人が多いでしょう。
つまり、お金という「社会の約束事」については、私たちは疑い深く、慎重なのです。
価値観の「まがい物」を受け取っていないか?
一方で、もっと大事なもの――人生を方向づける信念や価値観についてはどうでしょうか。
- 「お金がたくさんあれば幸せになれる」
- 「大勢の人が信じていることは真実にちがいない」
- 「成功とは肩書や財産で決まる」
こうした考え方を、私たちは深く吟味せずに受け入れてしまうことが多いのです。しかし、それはまがい物の貨幣をありがたがって使っているようなものです。
哲学者の最初にして最大の仕事
エピクテトスはこう述べています。
「哲学者の最初にして最大の仕事は、物事を、その見た目にだまされずに吟味し、ふるい分けることだ。よく吟味していない事柄に基づいて行動してはならない。」
つまり、私たちがなすべきことは「価値観の貨幣検査人」になることです。
- その考えは本当に真実か?
- 自分の経験や理性に照らして納得できるか?
- それを信じ続けたとき、自分や社会に良い結果をもたらすか?
これらの問いを通して、まがい物の思想や偏見を排除する必要があります。
思考を吟味する実践法
- 立ち止まる習慣を持つ
何かを「当たり前」と思ったときこそ立ち止まり、問い直す。 - 出どころを確かめる
その考えは本当に信頼できる人や経験から得たものか? それとも流行や噂か? - 自分の理性で検証する
他人の意見を受け入れる前に、自分の理性で試金石を当ててみる。 - 小さな違和感を無視しない
「なんとなくおかしい」と思ったら、その直感を検討材料にする。
まとめ ― 価値観も「検査」して選ぶ
貨幣を検査するように、人生を導く価値観もまた厳しく吟味する必要があります。
無批判に受け入れたまがい物の価値観は、後で大きな代償を払わせることになるからです。
見た目に惑わされず、本物の価値を選び取る。
それがエピクテトスの教えであり、真に自由で理性的な生き方につながるのです。