喜びも悲しみも、ただ流す──『菜根譚』に学ぶ、心を穏やかに保つ生き方
喜びの中にも、悲しみの種がある
『菜根譚』後集第120章には、こう書かれています。
「子どもが生まれるとき、母親の生命は危険にさらされる。
金持ちになると、泥棒に財産を狙われる。
どんな喜びや幸せも、悲しみや不幸の原因にならないものはない。」
この一節は、「幸福」と「不幸」は紙一重であることを教えています。
どんなに嬉しい出来事でも、その裏には必ずリスクや苦しみの芽がある。
子どもが生まれるという大きな喜びにも、命を懸ける痛みがある。
財を得る幸福にも、失う恐れがつきまとう。
つまり、**“喜びは常に不安の影を伴う”**のです。
私たちは「幸せだけを求めたい」と願いますが、
実際には喜びと悲しみは常に表裏一体。
どちらかだけを得ることはできません。
不幸の中にも、幸福の芽がある
菜根譚は続けて、こう説きます。
「貧乏であれば、できるだけむだ遣いはしないし、
病気がちな体であれば、健康に気を遣い、体を大事にする。
どんな悲しみや不幸も、喜びや幸せの種にならないものはない。」
これは、**「不幸も見方を変えれば幸福のきっかけになる」**という逆説の知恵です。
たとえば、貧しさは節度を学ばせ、
病気は命のありがたさを気づかせる。
失敗は学びを与え、孤独は人の優しさを知る機会になる。
つまり、人生に起こる出来事は、
「幸福」か「不幸」かではなく、
どう受け止め、どう生かすかで意味が変わるのです。
どんな出来事も、角度を変えれば光を放つ。
そのことに気づける人こそ、菜根譚が言う“人生の達人”です。
幸せも不幸も「同じもの」と見る
この章の最後には、こう結ばれています。
「幸せも不幸も同じことと見なし、喜びも悲しみも忘れ去る。
人生の達人は、こうした生き方ができる人のことである。」
これは、まさに“悟り”の境地ともいえる言葉です。
人生には、良いことも悪いことも次々と起こります。
しかし、それらに一喜一憂して心を乱すのではなく、
「ただ起きたこと」として受け止める。
これが「喜びも悲しみも忘れ去る」という境地です。
たとえば、
- 成功しても驕らず、失敗しても落ち込まない。
- 褒められても浮かれず、批判されても動じない。
このように、どんな状況でも心を平静に保てる人は、
外の出来事に支配されず、内側の静けさを保っています。
それは、感情を捨てるという意味ではありません。
むしろ、感情に飲み込まれず、感情と距離を取れる強さです。
喜びや悲しみに振り回されない心を育てる
現代社会では、情報や刺激があふれ、
喜びと悲しみの波が絶えず押し寄せます。
・SNSの「いいね」で気分が上がり、翌日には落ち込む
・他人の成功を見て羨み、自分を責める
・少しのトラブルで心が不安定になる
こうした“心の揺れ”がストレスの原因になっています。
菜根譚の教えは、そんな現代人にこそ必要なメッセージです。
「喜びも悲しみも、やがて通り過ぎる。」
すべては一時的なもの。
喜びも悲しみも、風のように過ぎ去っていく。
だからこそ、どちらにも執着せず、「今この瞬間」を穏やかに生きることが大切なのです。
「忘れる」ことは、心を守る力
「喜びも悲しみも忘れ去る」という言葉には、
“無関心”ではなく“心の整理”という意味があります。
人は、嬉しいことにも悲しいことにも、
必要以上にしがみついてしまいがちです。
しかし、どちらにも執着すると、心は疲弊します。
たとえば、
- 過去の成功にすがると、今を見失う
- 失敗を引きずると、新しい一歩が踏み出せない
「忘れる」とは、いったん心を空に戻すこと。
空っぽにすることで、また新しい喜びを迎える余白が生まれます。
それが、菜根譚のいう“達人の心の使い方”です。
菜根譚が教える「心を整える3つの習慣」
この教えを現代の生活に生かすには、
次の3つの実践が役立ちます。
1. 感情にラベルを貼らない
「これは良い」「これは悪い」と即断せず、
起こった出来事をそのまま観察する。
判断を保留するだけで、心が穏やかになります。
2. 1日1回、心を“リセット”する時間を持つ
瞑想、散歩、深呼吸など、自分の心を静める習慣を。
感情の渦から距離を取ることで、冷静さを取り戻せます。
3. 過去を引きずらない、未来を心配しすぎない
昨日を悔やまず、明日を恐れず、「今この瞬間」を味わう。
それが、菜根譚のいう“達人の生き方”への一歩です。
まとめ:喜びも悲しみも、すべては心の波
『菜根譚』のこの章を現代語でまとめるなら、こうなります。
「幸福と不幸は、同じ海の波。喜びも悲しみも、やがて静まる。」
人生には波があります。
上がるときもあれば、下がるときもある。
しかし、その波に飲み込まれず、ただ波を眺めるように生きる。
それが、心の達人の境地です。
喜びも悲しみも、いずれは過ぎていく。
だからこそ、今この瞬間の呼吸を感じ、
静かに生きることが、最も確かな幸福なのです。
