TKA後の膝関節可動域制限|ROM制限が与える影響とその要因を徹底解説
TKA後の膝関節可動域制限
ROM制限が与える影響とその要因を徹底解説
人工膝関節置換術(Total Knee Arthroplasty:TKA)は、変形性膝関節症をはじめとする膝疾患に対して優れた除痛効果と機能改善が期待される術式です。
しかし、その一方で臨床上しばしば問題となるのが膝関節可動域(Range of Motion:ROM)制限です。
可動域制限は術後のADL・QOLの低下につながるだけでなく、歩行効率や関節負荷にも大きな影響を及ぼします。本記事では、TKA後にみられる可動域制限の臨床的影響と、その要因を術前・術中・術後のフェーズに分けて整理します。
1. TKA後にみられる膝関節可動域の傾向
TKA後の膝関節屈曲可動域は、一般的に120〜130°程度に落ち着くと報告されています。
これは疼痛の軽減という点では満足度の高い結果をもたらす一方、深屈曲動作(正座・しゃがみ込みなど)には制限が残ることが多いのが現状です。
近年は深屈曲を可能にするハイフレックス(High Flexion)型インプラントの開発も進んでいますが、動揺性や耐久性への懸念もあり、すべての症例に適応できるわけではありません。
2. 可動域制限がもたらす機能的影響
TKA後に膝伸展制限や屈曲制限が残存すると、以下のような機能的問題を引き起こします。
- 立ち上がり・歩行・階段昇降などの移動能力の低下
- 膝関節伸展モーメントの増大による前方組織への負担増
- 歩行時エネルギー効率の低下
- 膝蓋大腿関節および脛骨高原への荷重ストレス増加
- 膝前面痛や代償的運動の発生
特に、
- 伸展制限が8〜10°以上、
- 屈曲角度が125°以下
の症例では、ADL障害が有意に増加することが報告されています。
また、関節可動域が不十分な状態で活動を継続すると、関節内圧や軟部組織負荷の上昇を介してインプラントの耐久性を低下させる可能性も示唆されています。
3. ROM制限に関与する多因子の整理
TKA後の可動域制限は単一の要因では説明できません。臨床的には以下の多因子性が特徴です。
(1) 術前因子
- 年齢・性別・BMI・基礎疾患(糖尿病・リウマチなど)
- 術前ROMの制限(特に屈曲拘縮や外反変形)
- 関節拘縮・滑膜炎・線維化の程度
術前のROMは術後回復に強く相関し、術前伸展制限があるほど術後伸展制限が残存しやすいことが多くの研究で報告されています。
(2) 術中因子
- インプラントの種類・サイズ・設置角度
- Joint lineの変化
- Posterior condylar offset(大腿骨後顆の厚さ)の減少
- 軟部組織バランスの調整不良(特に屈曲ギャップの不均衡)
Posterior condylar offsetの減少は、屈曲可動域の制限と直結します。術者の手技的要素に加え、屈曲時における後方クリアランスの確保が屈曲制限回避の鍵となります。
(3) 術後因子
- 関節周囲の腫脹・浮腫・炎症反応
- 関節包・靭帯・筋の伸張性低下
- 筋緊張(特にハムストリングス・腓腹筋の過緊張)
- 膝蓋骨のアライメント異常
- 疼痛コントロール不良やリハビリの遅延
術後急性期では疼痛と腫脹がROM回復の主要な阻害因子です。
また、**痛みへの恐怖や脱力不全(quadriceps inhibition)**も、リハビリ過程でROM改善を妨げる心理的要素として重要視されています。
4. 臨床でのリハビリテーション戦略
ROM制限を最小限に抑えるためには、術前・術後の一貫したリハビリマネジメントが必要です。
- 術前からの関節可動域・筋柔軟性の改善(prehabilitation)
- 術直後からの疼痛管理と浮腫コントロール(冷却・圧迫・早期他動運動)
- 屈曲・伸展のバランスを意識したROM訓練
- 筋活動再教育(特に大腿四頭筋の促通)
- 心理的サポート(痛みへの不安軽減・自己効力感の向上)
リハビリの進行過程では、可動域改善だけでなく、代償動作の抑制・歩行効率の最適化を並行して評価することが重要です。
まとめ:TKA後のROM制限は“機械的”ではなく“多層的”課題
TKA後の膝関節可動域制限は、構造学的・生理学的・心理的・手技的な要素が複雑に絡み合う現象です。
可動域の改善は単なる関節の柔軟性回復ではなく、疼痛制御・筋活動・心理的安心・手術精度の総合的成果として現れます。
臨床家は、ROM制限を「リハビリの遅れ」と単純化せず、多面的な視点で要因を見極める姿勢が求められます。
TKA後のリハビリ成功の鍵は、関節の角度ではなく、“患者が再び動ける生活”を取り戻すことにあります。
