TKA後の後療法|膝関節可動域を決める理学療法のポイントと評価視点
TKA後の後療法
関節可動域を決める理学療法の核心
人工膝関節置換術(Total Knee Arthroplasty:TKA)後の可動域改善は、術後早期の理学療法介入と組織修復過程の理解によって大きく左右されます。
TKA後の関節可動域制限には、腫脹・疼痛・筋緊張・組織癒着・膝蓋骨アライメント異常といった複数の要因が関与しています。
本記事では、各因子に対する臨床的アプローチを整理し、可動域獲得を最大化するための理学療法戦略を解説します。
1. 腫脹・浮腫への対応 ― 炎症期を制する者が可動域を制す
TKA直後は手術侵襲による炎症・腫脹・関節水腫が必発です。
これらは関節包や滑膜の伸張性を低下させ、膝蓋上嚢の癒着や膝蓋骨滑動制限を引き起こします。
● 理学療法介入ポイント
- アイシング:10〜15分を1セットとして、30分以上間隔を空けて施行
- **下肢挙上・圧迫包帯(dressing)**による静脈還流促進
- 早期の膝蓋骨モビライゼーション(特に上方・内方)で膝蓋上嚢の癒着を予防
膝蓋上嚢は膝蓋骨と大腿骨顆部間の滑液包構造を持ち、水腫の遷延や癒着が可動域制限の起点となります。
癒着が疑われる場合は、組織の滑走方向を評価し、膝蓋骨周囲の可動性向上を図ることが重要です。
2. 疼痛管理 ― 炎症と侵害受容の二重構造を理解する
術後疼痛は、炎症性疼痛と侵害受容性疼痛が混在します。
疼痛が強い時期に過度なROM運動を行うと、炎症反応が助長され、慢性化のリスクがあります。
● 炎症期の対応
- 過伸展・過屈曲を避けた疼痛閾値内の運動
- アイシング・軽度圧迫による鎮静化
- 炎症マーカー(CRP・WBC)を確認し、組織修復ステージを把握
疼痛が緩和してくるとともに、自動運動を積極的に取り入れ、自己効力感と筋再教育を進めます。
3. 筋緊張亢進 ― Quadriceps Spasmへの対応
TKA後は、大腿四頭筋の筋力低下と反射的防御収縮により**筋スパズム(過緊張)**が生じやすくなります。
これが関節可動域制限の“二次的ブレーキ”となることが多いです。
● 緊張緩和のアプローチ
- ダイレクトマッサージ・ストレッチによる筋スパズム緩和
- 膝関節軽度屈曲位でのポジショニングによるリラクセーション
- 疼痛・姿勢異常の是正による反射的筋緊張抑制
大腿四頭筋の活動パターンを改善するには、**収縮と弛緩の切り替え訓練(クワドセッティング+脱力練習)**を早期から導入することが効果的です。
4. 皮膚・皮下組織 ― 滑走性の確保が鍵
TKA後は、術創部周囲(特に膝蓋骨上縁〜膝蓋腱部)で皮膚・皮下組織の伸張性低下が起こります。
この領域の滑走制限は屈曲時に皮膚張力を生み、疼痛やROM制限の原因となります。
● 理学療法の工夫
- 術後5〜21日の時期:コラーゲン代謝が活発で線維増殖期。
→ 軽度の伸張刺激・滑走運動を積極的に導入。 - 術後4日以内:創部は脆弱なため直接刺激は避け、炎症鎮静を優先。
- 皮膚肥厚がある場合は、皮下リリース・浅層ファシアリリースを組み合わせ、膝蓋周囲の可動性を改善。
5. 関節包 ― “見えない拘縮”の主犯格
関節包の線維化・癒着はTKA後の長期的な可動域制限の主因です。
特に不動期間が長いほど、関節包短縮は進行します。
● 対応ポイント
- 術後早期からのROM訓練で線維化を防止
- joint play(関節内運動)評価を行い、制限方向を特定
- インプラント特性(posterior stabilized型か、cruciate retaining型か)に応じて、
安全な関節内動態を理解して可動域訓練を設計
6. 筋・腱・脂肪組織 ― 滑走性の確保と癒着予防
TKA後の主要な侵襲部位は、大腿四頭筋腱・内側広筋・膝蓋腱・膝蓋下脂肪体です。
これらの滑走障害は、屈曲終末域の抵抗や膝前面痛の原因となります。
● 理学療法介入
- 大腿四頭筋遠心性収縮+ストレッチで滑走促進
- 膝蓋腱下の軟部組織(脂肪体)のリリースで前方滑動性を改善
- 特に半膜様筋は伸展制限に関与しやすく、停止部癒着へのアプローチが重要
半膜様筋は靭帯連結や滑液包を伴う構造のため、**組織間モビライゼーション(TIM)**による局所的滑走改善が有効です。
7. 膝蓋骨アライメント ― 滑走異常の見落としに注意
TKA後には、膝蓋骨の外方偏位・外傾・低位などが生じやすく、
大腿四頭筋の過緊張やQ角増大と相まって屈曲制限を引き起こします。
● 評価・アプローチ
- 膝蓋骨の可動性評価(上下・内外・回旋方向)
- 外側支持組織(外側支帯・腸脛靭帯)の柔軟性確認
- **膝蓋骨setting訓練(大腿四頭筋セッティング+膝蓋骨滑走)**の早期導入
膝蓋骨が滑らかに動くことは、膝伸展機構の正常化と可動域改善の基本です。
まとめ:多層的な後療法がTKA後の「動きをつくる」
TKA後の可動域制限は単一の原因ではなく、
腫脹 → 疼痛 → 筋緊張 → 癒着 → アライメント不良という連鎖的メカニズムで進行します。
理学療法士の役割は、この連鎖を最短経路で断ち切ることです。
そのために必要なのは、「いつ・どの組織に・どの方向から介入するか」を見極める臨床推論力。
“痛みを減らす”ことと“動きを取り戻す”ことは表裏一体。
TKA後の後療法において、この視点を持つことが可動域とQOLを最大化する鍵となります。
