高市政権が示した転換──「PB黒字化」の呪縛から抜け出す時
高市総理の所信表明が示す新たな方向
高市早苗総理大臣は、所信表明演説で「プライマリーバランス(PB)」という言葉を一切使わなかった。
代わりに語られたのは、「成長率の範囲内で債務残高の伸び率を抑え、政府債務対GDP比を引き下げる」という方針である。
一見、慎重な財政運営のように聞こえるが、これはPB黒字化に固執してきた過去の政権とは明確に異なる姿勢を示している。
PB黒字化の出発点とすれ違い
PB黒字化目標とは、政府の支出と税収のバランスを黒字にすることで、政府債務対GDP比を引き下げようという考え方から生まれた。
数式にすれば「政府債務 ÷ 名目GDP」。
この比率を下げたいなら、分母であるGDPを伸ばすのが最も合理的な方法である。
しかし、小泉政権期の日本はデフレに苦しみ、GDPデフレータがマイナス。
名目GDPが成長しない中で債務比率を下げようとした結果、政府は支出を削る緊縮財政に走った。
その結果、デフレが長期化し、むしろ債務比率は上昇するという悪循環に陥った。
名目成長こそが財政健全化の鍵
そもそも日本の国債は100%自国通貨建てであり、債務対GDP比そのものを問題視する必要はない。
それでも比率を下げたいのなら、景気を拡大させ、名目GDPを伸ばすことが最も確実な手段である。
2023年以降、日本は「サプライロス型インフレ」により、物価上昇が名目成長を押し上げた。
結果として、政府債務対GDP比は自然に低下し始めている。
つまり、PB黒字化を目指さずとも、名目成長率が金利を上回れば、財政は自ずと安定するということだ。
緊縮が生んだ「逆効果」の20年
PB黒字化目標を掲げたことで、政府は支出削減を続け、景気の回復を自ら阻んだ。
その結果、税収は伸びず、債務はむしろ増えるという皮肉な構造が続いた。
財務省にとっては都合の良い理屈でも、国民にとっては失われた成長の代償があまりにも大きかった。
もし当時、大規模な減税と積極的な財政支出でデフレを脱却していれば、債務比率は自然に下がっていたはずである。
「PB黒字化目標」の終焉へ
高市総理の演説は、PB黒字化目標を事実上棚上げする宣言とも受け取れる。
本来、成長を妨げる財政規律に意味はなく、むしろ有害であった。
今こそ政府は、デフレ期の論理を完全に捨て去り、名目成長を重視する政策へと舵を切るべき時である。
「何をやっていたのか」と嘆くよりも、「これから何をすべきか」を明確にする。
それが、真に持続可能な財政への第一歩といえる。
