はじめに
変形性膝関節症(Knee Osteoarthritis: KOA)は、単なる軟骨摩耗の疾患ではなく、滑膜、半月板、関節包、そして膝関節脂肪体(Infrapatellar Fat Pad: IFP)を含む多組織性の病態です。近年、IFPは炎症の発生源、疼痛の主要因、さらに病態進行の予測因子として注目されています。
IFPの病理学的変化
KOA患者のIFPは、健常者や皮下脂肪組織(SAT)と比較して特徴的な病理像を示します。
- 炎症細胞浸潤の増加
- **血管新生(vascularization)**の亢進
- 線維間隔の肥厚と脂肪小葉の縮小
- VEGF、MCP-1、IL-6の発現増加
- クラウン様構造(crown-like structure)の増加
特に線維化(fibrosis)はIFPの代表的な病理学的特徴であり、炎症性サイトカイン産生の増加に加え、クッション性の低下を招き、関節への荷重分散機能を損なうことでさらなる関節損傷を助長します。
IFP線維化と機械的ストレス
- 機械的負荷はIFP線維化を誘導
- マウスでは肥満と線維化の関連が強いが、ヒトでは必ずしも一致しない
→ ヒトIFPは肥満でも体積が増加しにくく、その結果過剰なストレス → 線維化につながる可能性が高い - 線維化は修復過程の一部としても機能し、進行OAや高脂肪食動物で顕著にみられる
MRIによるIFP評価
MRIはIFPの病態を可視化できる有効なツールで、以下の特徴が報告されています。
- IFP体積・面積
- KOA患者では健常者より大きい傾向
- 加齢とともに増加し、K-Lグレードとも関連
- IFP信号強度
- サイトカイン(例:IL-17, レジスチン, アディポネクチン)との相関あり
- 軟骨容積、欠損、骨髄病変(BMLs)、関節裂隙狭小化など構造異常と関連
- 将来的な人工膝関節置換術の発生リスクとも相関
- 臨床症状との関連
- IF inflammationは疼痛だけでなく、KOOS全サブスケール(ADL、スポーツ、QOL)とも関連
- 一方で、「IFPサイズと疼痛は必ずしも相関しない」とする報告もあり、炎症状態を評価することの重要性が強調されている
IFPの二面的役割
興味深いことに、IFPは必ずしも有害ではなく、保護的な側面も指摘されています。
- IFP最大面積は高齢女性における軟骨厚維持や疼痛軽減と関連
- 衝撃吸収機能を通じて関節構造保護に寄与する可能性
👉 つまり、IFPは炎症性表現型をとる場合には病態促進因子となり、機械的保護因子として作用する場合には病態抑制因子となる二面性を持ちます。
まとめ
膝関節脂肪体(IFP)はKOA病態において、
- 炎症性サイトカイン産生・線維化による病態悪化
- MRI所見が臨床症状や病態進行の予測因子
- 機械的クッション作用による関節保護
という二面的な役割を果たしています。
今後は、MRIを用いたIFPの炎症評価と、線維化やサイトカイン制御を標的とした治療が、KOAの進行予防や疼痛管理に有効となる可能性があります。