はじめに
変形性膝関節症(KOA)の病態は多因子的であり、機械的負荷・肥満・加齢・外傷などが複雑に関与しています。近年、単なるクッション組織と考えられてきた**膝関節脂肪体(Infrapatellar Fat Pad: IFP)**が、局所炎症や隣接組織とのクロストークを介してKOA進行に寄与していることが明らかになってきました。
IFPの免疫応答と炎症
- 異常荷重・軟骨損傷
- 肥満や骨折、加齢による変形は軟骨損傷を引き起こす。
- 損傷軟骨から**自己抗原(cartilage-specific autoantigens)**が放出される。
- 免疫活性化
- 自己抗原がIFP内の免疫細胞を活性化。
- 活性化免疫細胞がマクロファージ、リンパ球、単球として浸潤。
- 炎症性サイトカインとアディポカイン分泌
- 活性化免疫細胞がIL-1β、IL-6、TNF-αを分泌。
- IFP内の脂肪細胞も**アディポカイン(レプチン、アディポネクチンなど)**を放出。
👉 結果として、局所炎症環境が形成され、関節内組織の恒常性が崩れる。
IFPと周囲組織のクロストーク
IFPは関節内で隣接組織と密接に接しており、炎症シグナルを介した双方向のやり取りが病態を進行させます。
- 軟骨との相互作用
- IFP由来の炎症性分子が軟骨細胞を刺激 → MMPs、NO、PGE2産生増加
- 軟骨変性が進行
- 滑膜との相互作用
- IFPから分泌されたサイトカインが滑膜線維芽細胞を刺激 → 滑膜線維化・炎症増悪
- 滑膜由来サイトカインが逆にIFP炎症を促進
- 骨との相互作用
- IFPマクロファージ由来TGF-βが骨硬化・骨棘形成を促進
- 骨髄病変(BMLs)の進行に寄与
👉 IFPは「炎症のハブ」として働き、関節全体の病態悪化に波及。
KOAにおけるIFPの役割の二面性
- 病態促進因子
- 線維化や炎症が強いIFPは、疼痛・関節破壊を悪化させる。
- 修復因子
- 一方で、IFPは間葉系幹細胞(MSC)の供給源として再生医療的価値を持つ。
- これらMSCは炎症環境下で免疫調節作用を発揮し、軟骨保護や再生に寄与する可能性。
臨床的意義
- 診断
- MRIでIFPの体積・信号変化を評価することで、炎症や病態進行の予測が可能。
- 治療
- サイトカイン・アディポカインを標的とした抗炎症療法。
- MSCや細胞外小胞(EVs)を利用した再生医療アプローチ。
- 予防
- 肥満管理や荷重コントロールが、IFP炎症や線維化予防につながる。
まとめ
膝関節脂肪体(IFP)は、
- 免疫応答を介して局所炎症を増幅し、
- 軟骨・滑膜・骨とのクロストークを通じてKOA進行を助長し、
- 一方では再生医療の有力な細胞供給源でもあります。
そのためIFPは、KOAの病態理解・診断・治療の鍵となる組織と位置づけられます。