■ 背景:ハムストリング再損傷の「隠れた要因」
ハムストリング損傷はサッカーや陸上競技で最も多い筋損傷の一つです。
再発率は高く、最初の損傷後2年以内に約30%が再損傷を起こすとも言われます。
これまで多くの研究が「大腿後面の筋力不均衡」や「柔軟性不足」に注目してきましたが、近年では体幹・腰背部の筋膜系との関連が注目されています。
2024年にKellisらが発表した研究は、ハムストリング損傷歴を持つアスリートでは胸腰筋膜(Thoracolumbar Fascia:TLF)と腰部筋(脊柱起立筋・多裂筋)が有意に硬いことを初めて示した報告として注目されています。
■ 研究概要:超音波エラストグラフィーによる筋膜・筋硬度評価
対象:男子サッカー選手24名(損傷歴あり群11名/なし群13名)
方法:
- シェアウェーブ・エラストグラフィー(SWE)により、TLF・脊柱起立筋(ES)・多裂筋(MF)の弾性率(kPa)を測定。
- 同時に表面筋電図(EMG)を用いて筋活動を記録。
- 3種類の動作で測定:
- 膝関節屈曲(0°, 45°, 90°)
- 腹臥位体幹伸展(submaximal effort)
■ 結果:損傷歴あり群では筋膜・筋ともに高い硬度を示す
1. 胸腰筋膜(TLF)の硬度
- 損傷歴あり群:29.86 ± 8.58 ~ 66.57 ± 11.71 kPa
- 損傷歴なし群:17.47 ± 9.37 ~ 47.03 ± 16.04 kPa
→ 有意に高値(p < 0.05)
2. 脊柱起立筋・多裂筋の硬度
- 損傷群:14.97 ± 4.10 ~ 66.57 ± 11.71 kPa
- 非損傷群:11.65 ± 5.99 ~ 40.49 ± 12.35 kPa
→ いずれも有意に高値(p < 0.05)
3. 比較的にTLFの硬度は筋より高い(p < 0.05)
また、体幹伸展動作時(能動的収縮)では、静的屈曲姿勢よりも明確な硬度上昇が見られました。
4. 筋電図(EMG)
受動的動作中のみ、損傷群で脊柱起立筋・多裂筋の活動が高い(p < 0.05)傾向を示しました。
■ 解釈:ハムストリング損傷は「腰背部ファシア系」に痕跡を残す
この研究の意義は、ハムストリングの損傷が腰背部の筋膜・筋の硬度増加と関連することを実証的に示した点です。
胸腰筋膜は、
- 大殿筋・広背筋・ハムストリングと連結し、
- 下肢の伸展運動や体幹安定性に寄与する“テンセグリティ構造”の一部です。
損傷後にハムストリングの張力伝達が変化すると、腰背部筋膜に代償的な緊張や線維化が生じる可能性があります。
その結果、筋膜・筋の硬度が上昇し、再損傷リスクや可動域制限の一因になると考えられます。
■ 臨床的意義:ハムストリング再発予防は「腰部アプローチ」から
理学療法士やトレーナーにとって、この研究は以下の実践的示唆を与えます。
- 再発予防には腰背部の筋膜リリースが必須
ハムストリングのみにアプローチしても再発を防ぎきれない。
胸腰筋膜や多裂筋の滑走性改善・張力分散が重要。
- SWEによる筋膜硬度評価の有用性
超音波エラストグラフィーを用いることで、非侵襲的に筋膜の硬さを数値化できる。
徒手療法や運動療法の効果判定にも応用可能。
- 体幹―下肢連鎖の再教育
体幹伸展や股関節伸展における**協調的筋活動(ES・MF・BF)**の再構築が、機能的再発予防に直結する。
■ まとめ
Kellisら(2024)の研究は、
- ハムストリング損傷歴のあるアスリートでは、胸腰筋膜と腰部筋の硬度が有意に高い
- 筋膜の硬化は再損傷リスクを高める可能性がある
ことを明らかにしました。
ハムストリングの再発を防ぐには、単なる局所筋トレやストレッチに留まらず、
「腰背部ファシア系」を含めた全体的テンセグリティの回復が欠かせません。
腰背部を“解きほぐす”ことが、再び走り出すための第一歩となるのです。
ABOUT ME

理学療法士として臨床に携わりながら、リハビリ・運動学・生理学を中心に学びを整理し発信しています。心理学や自己啓発、読書からの気づきも取り入れ、専門職だけでなく一般の方にも役立つ知識を届けることを目指しています。