大腿四頭筋セッティング中に膝蓋下脂肪体(IFP)はどう動く?超音波で明らかになった膝の新たな力学的関係
膝蓋下脂肪体(IFP)とは
膝蓋下脂肪体(Infrapatellar Fat Pad:IFP)は、膝蓋骨と脛骨の間に位置し、関節内の「クッション」として衝撃吸収や摩擦軽減を担う脂肪組織です。
しかしこのIFPは、膝関節構成要素の中で最も痛覚閾値が低いことが知られ、炎症や線維化が生じると**強い前膝部痛(anterior knee pain)**の原因になります。
とくに人工膝関節置換術(TKA)後には、IFPの線維化や可動性低下が起こりやすく、これが膝伸展制限や痛みの一因とされています。
研究の目的
本研究(Hasegawa et al., 2023)は、
「大腿四頭筋の収縮によって、膝蓋下脂肪体がどのように変形・移動するのか?」
を**超音波(B-mode)**で動的に可視化・定量化することを目的としています。
また、内側広筋(VM)や外側広筋(VL)などの筋厚変化と、IFPの動きとの関係性を検証しました。
研究デザインと方法
対象は、健常男性6名(12膝)・平均年齢36.7歳。
全員、膝疾患や既往のない被験者です。
▶ 測定条件
- 姿勢:膝20°屈曲位(膝窩にクッションを挿入)
- 運動課題:Quadriceps Setting(QS)
→ 長座位で膝を伸ばすように大腿四頭筋を最大等尺性収縮 - 使用機器:超音波装置(SONIMAGE HS2, 10MHzプローブ)
▶ 測定項目
- 大腿四頭筋4筋の筋厚(VM, VL, VI, RF)
- 膝蓋下脂肪体の前後径(IFP厚):内側・外側で測定
- 膝蓋腱−脛骨角(PTTA):IFP前方変形の指標
主な結果
✅ 1. 筋厚の変化
QS中の筋厚変化(収縮−安静)は以下の通り。
| 筋名 | 平均変化量(mm) | 傾向 |
|---|---|---|
| 内側広筋(VM) | +6.1 ± 4.6 | 有意に増加 |
| 外側広筋(VL) | −1.5 ± 2.6 | 有意に減少 |
| 中間広筋(VI) | +6.6 ± 2.3 | 有意に増加 |
| 大腿直筋(RF) | +5.9 ± 3.2 | 有意に増加 |
→ 内側広筋・中間広筋・大腿直筋は収縮で肥厚した一方、外側広筋のみ厚さが減少しました。
これは筋収縮によりVLが外側前方へ張り出す形状変化を反映していると考えられます。
✅ 2. 膝蓋下脂肪体(IFP)の動き
| 指標 | 変化量(QS−安静) | 傾向 |
|---|---|---|
| PTTA(角度) | +3.1° ± 2.9 | 有意に増加 |
| 内側IFP厚 | +0.9 mm ± 1.0 | 有意に増加 |
| 外側IFP厚 | +1.4 mm ± 1.3 | 有意に増加 |
→ 大腿四頭筋収縮により、IFPは前方および外側へ押し出されるように変形。
超音波画像でも、膝蓋腱が直線化し、IFPが前方へ膨隆する様子が観察されました。
✅ 3. 相関関係
筋厚変化とIFP変形との関係では:
- VMの厚さ変化量と外側IFPの前後径変化に強い正の相関(ρ=0.81, p<0.01)
つまり、内側広筋が収縮するほど、外側のIFPがより押し出されるという関係が明らかになりました。
考察:内側広筋とIFPの連動メカニズム
内側広筋(VM)の収縮は、膝蓋骨を内方へ牽引し安定化させる作用があります。
このとき膝蓋骨がやや内方へ傾くため、内側のIFP空間が狭まり、外側方向への変形が増すと考えられます。
この現象は、IFPが膝蓋腱・滑膜ヒダ・膝蓋支帯と連続している解剖学的特徴を反映しており、
膝関節の屈伸運動中にIFPが能動的に関節圧力分散を担う構造であることを示唆します。
臨床的意義
- **IFPの可動性・弾性の低下(線維化)**は、膝伸展制限や前膝部痛の原因となる。
- QS中のIFP変形を評価することで、術後の膝リハビリや疼痛評価の新たな指標となる可能性。
- 超音波Bモードによる測定は、一般的な臨床施設でも実施可能な評価法であり、MRIより手軽。
理学療法士への示唆
- VMの収縮力低下は、IFPの動的変形を減少させる可能性があり、膝蓋骨アライメントの不安定化を助長する。
- リハビリでは、**VM再教育(例:QS訓練・内旋アシスト付き膝伸展運動)**がIFPの柔軟性維持にも寄与する可能性。
- 超音波でIFPの厚み変化を観察することで、膝前面痛のメカニズムを可視化できる。
まとめ
- QSによって膝蓋下脂肪体(IFP)は前方および外側に押し出されるように変形する。
- 内側広筋の収縮量が大きいほど、外側IFPの変形も大きい。
- IFPの柔軟性や滑走性の低下は、膝関節機能障害の一因となる可能性がある。
- 超音波によるIFP動態評価は、膝痛リハビリや術後管理に新たな臨床的意義をもたらす。
