PB黒字化撤回へ——日本財政の転換点
PB黒字化が生んだ長い悪循環
日本の財政運営に長らく縛りをかけてきた「基礎的財政収支(PB)黒字化」。本来これは目的ではなく、政府債務対GDP比率を下げるための“手段”に過ぎなかった。しかしデフレが続く中で分母となる名目GDPが縮小し、比率を改善するには分子の政府債務を減らすしかないという短絡的な発想が優先され、PB黒字化はいつしか神格化された。結果として緊縮財政が深刻化し、名目GDPは伸びず、政府債務対GDP比率はむしろ上昇するという矛盾した状態が長年続くことになった。
追求すればするほど財政が悪化し、悪化した財政を理由にさらにPB黒字化が正当化される——この構造が日本経済の長期停滞を決定づけたといえる。供給力はデフレによって削がれ、企業の投資意欲は失われ、経済の成長余地そのものが毀損していった。
名目GDPが動き始めた転換点
近年、インフレの進行によりGDPデフレータがプラス化し始め、名目GDPが拡大に向かっている。ようやく政府債務対GDP比率にも改善の兆しが見え始めたが、これは“緊縮の成果”ではなく、長いデフレが終わりに向かい総需要が供給力を上回り始めた結果である。言い換えれば、成長が生まれて初めて財政指標が改善し始めたという、極めて当たり前の現象である。
その当たり前に至るまで、日本はどれほどの時間を浪費してきたのか。問われるべきは、なぜ誤った目標が放置され続けたのかという点である。
経済財政諮問会議に訪れた変化
そんな中で、新たに諮問会議に加わった永濱利廣氏、若田部昌澄氏らが「PB黒字化目標の撤回」を提言。補正予算規模についても14兆円超を求め、財政運営に新たな視点を持ち込んだ。
同時に、成長戦略会議の方でも会田卓司氏や竹内純子氏といった実務的で現実的な専門家が参加し、ようやく政策議論に “まともな重し” が入り始めた印象がある。
もちろん、諮問会議の場でPB黒字化が生んだ悪循環そのものが深掘りされることはないだろう。しかし、理由が抽象的であっても構わない。大切なのは、時代遅れとなった目標をこのタイミングで撤回することだ。日本経済の足を縛り続けた呪縛に、確実なひびが入り始めている。
有権者が動かした構図
今回の転換は偶然ではない。2024年総選挙、2025年参議院選挙で有権者が自民党を敗北させたことが、政策を押し動かした最大の要因である。石破茂総裁となった自民党は、即座に解散総選挙へ踏み切り、結果として政権の構造が変わり始めた。もし昨年の総裁選で高市氏が勝っていたら、この局面は訪れていなかっただろう。
まさに「人生万事塞翁が馬」。政治の流れは時に予測不能だが、民意が政策を動かす力を持つことを改めて示した瞬間でもある。いよいよPB黒字化撤回の議論が本格化し、日本の財政運営は長い停滞のトンネルを抜ける準備を始めつつある。
