「会議はいらない」は本当か?ビジネス書100冊で語られる“ムダ会議撲滅論”の正体
「ビジネス書で一番多い教え」はこれだった
100冊のビジネス書を読む前、友人に「いちばん書いてある教えって何だと思う?」と聞いたところ、返ってきた答えはこうだった。
「ムダな会議をやめろ、じゃない?」
その予想は見事に的中していた。
実際、多くの本が「ムダな会議は時間の無駄」「会議を減らせ」と主張していた。
世の中のビジネスパーソンが“会議疲れ”を抱えていることを反映しているのだろう。
見城徹の「会議をやめろ」はスケールが違った
「会議より現場!」という教えはよくあるが、その実例が常識の斜め上をいっていたのが、見城徹氏の『たった一人の熱狂』である。
会議室から飛び出せ
と語るまでは普通だが、そこから出てくる実例がすごい。
文庫本のプロモーションとして、
- 裸の井上晴美
- 文庫本で乳首を隠す
- さらに坊主頭にする
というアイデアが採用されたらしい。
もはや“会議で出ないアイデア”どころか、“現場でも普通出ないアイデア”である。
確かにこんな企画は、まともな会議を通った瞬間に消し飛ぶだろう。
つまり、
会議をやめれば奇抜なアイデアが爆誕することもある
……のかもしれない。
ホリエモンの会議不要論はさらに強烈
「会議を減らせ」のトップランナーといえば、やはり堀江貴文氏だ。
『多動力』では、
99%の会議はいらない
と断言。
『時間革命』では、
報告会議は時間の“集団自殺”
とまで書かれている。
ここまで言い切るビジネス書は、なかなかない。
しかも、これを書いているのは同じ著者なので、主張の強さは筋金入りである。
「同じこと書きすぎじゃない?」という疑問には…
堀江氏の本を複数読んでいると、
「これ前にも読んだ気がする」
と思う瞬間がある。
だが、それについては別の本がこう説明している。
同じことが繰り返し書かれていると感じたら、それは“本質”に近づいている裏付けである。
つまり、
繰り返される主張は本質なのだ
という理屈である。
なので、ホリエモンが会議不要論を何度も書くのは本質だから──という扱いになっている。
……が、一方でホリエモン本人は『多動力』でこう語っている。
- 自分は濃い“原液”を発信するだけ
- あとは周りが勝手に薄めて拡散してくれる
- 自分は原液を出すだけでいい
この考え方を踏まえて読むと、
「本質に近づいている」のか「濃い発言を薄めた結果同じになっている」のか、判断が難しいところではある。
どちらが正しいかは読者の判断に任せたい。
「会議は無駄」は正しいのか?
複数の本を読み比べると、この結論に落ち着く。
●ムダな会議が多いのは事実
報告だけの会議や、結論の出ない会議は誰の時間も奪う。
●会議では出ない企画は確かに存在する
井上晴美を坊主にして文庫本で乳首を隠すプロモーションが良いかどうかは別として、“会議では生まれない系”のアイデアがあるのは事実。
●ただし、0%にするのは現実的ではない
全てを現場で決めろと言われても、組織によっては難しい。
つまり、
「会議は減らすべき」だが「すべて不要」とは限らない
というのが現実的な落としどころだろう。
