政府債務の誤解を正す――財政議論の核心
政府債務をめぐる根本的な誤解
財政の議論を行う際、まず押さえるべき現実がある。それは「政府債務を削減している国は存在しない」という事実である。表面的には債務の増減が語られることがあるが、実際の国債は期限が来れば借り換えられ、残高が大きく減ることはない。国債とは政府の負債であると同時に、国民への通貨供給の源泉でもある。政府債務を減らすということは、国民の保有する通貨そのものを減らすのと同義であり、国民を貧しくする行為といえる。
緊縮財政でも増え続ける政府債務
興味深い点として、日本政府が緊縮財政を掲げてきたにもかかわらず、政府債務は結局増加し続けているという現実がある。これは、政府が支出を絞ったとしても税収や経済状況によって債務残高は変動し、完全な削減は不可能に近いという構造を物語る。
加えて、メディアが必ずしも「政府債務を削れ」と強硬に主張しているわけではない。実際にその論調を強く押し出しているのは一部の媒体に過ぎず、その代表例として読売新聞が挙げられる。
読売新聞が示す極端な主張
読売新聞は一貫して「政府債務を着実に減らせ」と社説で述べ続けてきた。その論調には、プライマリーバランス黒字化を最重要視する立場や、政府債務対GDP比率を金利と結び付けて語る従来の考え方が背景にある。
しかし、「政府債務の絶対額を減らせ」という主張はより極端である。政府債務の減少は国民の金融資産の縮小を意味するため、読売新聞の主張は「自らの保有する貨幣を減らせ」と言っているに等しい。これは、単なる誤解を通り越し、財政の仕組みそのものを見誤った議論といえる。
財政健全化の名の下に何が失われるのか
国債の仕組みや通貨供給の構造を理解すれば、政府債務を減らすことが国民経済に与える悪影響は明白である。それにもかかわらず、財政健全化という言葉が正義のように扱われ、債務削減が美徳とされてしまう。その結果、国家の成長機会が奪われ、国民生活が縮小していく構造が生まれる。
財政を語る際に重要なのは、理念ではなく現実である。政府債務とは何か。国債とは何を意味するのか。これらを正しく理解しない限り、財政議論はいつまでも空転し続ける。
財政を正しく捉える視点を取り戻す
政府債務を減らせという声に惑わされるべきではない。そもそも政府は国民を貧しくするために存在しているわけではない。国債の本質、通貨供給の意味、そして国家が経済に果たす役割を踏まえた議論こそ求められる。財政は単なる数字合わせではなく、国の未来を形づくる根幹である。その視点を取り戻すことが、今の日本に最も必要といえる。
