政府赤字が成長を生む?貨幣の正体と負債ピラミッドの真実
経済成長と赤字の関係
MMTを理解するためには、貨幣がどのように経済を循環しているのかを捉える必要がある。企業が銀行から資金を借りると、その貸し出しによって預金が生まれ、企業は設備投資や人件費に資金を使う。従業員に支払われた給与は家計へ移り、家計がそのお金で商品やサービスを購入することで、再び企業へと還流する。この流れを貨幣循環理論と呼び、銀行・企業・家計という三つの主体の間で貨幣が往復する構造を示している。
だが、この循環の中では誰もが黒字になるわけではない。三主体だけで完結した世界では、黒字が出る場所があれば、必ず逆側に赤字が生じる。利潤や貯蓄が増えるためには、他の主体が赤字を負担しなければならない。このときに必要となるのが、家計でも企業でもない「政府部門」の赤字である。
日本のように人口減少と消費停滞が続く国では、民間の黒字は縮小しやすい。そこで経済を支えるためには、政府が赤字を拡大し、民間に黒字を供給しなければならない。MMT支持派が「政府は赤字で良い」と主張する背景には、この根本的な貨幣循環の構造が存在している。
貨幣は負債として存在する
内生的貨幣供給の視点から見ると、銀行が貸し出しを行うと、同時に預金という負債が生まれる。つまり、貨幣とは誰かの負債であり、通貨もまた統合政府が発行する負債であるという位置付けになる。この考え方をさらに進めると、すべての貨幣は負債の連鎖の中に存在しているといえる。
では、「負債」であれば何でも貨幣として使えるのか。極端な例として、筆者が父から10万円を借り、借用書を書いたとしよう。この借用書は、父と筆者の間では価値を持つ。しかし第三者にとっては、筆者の信用が不明なため受け取る理由がない。つまり、すべての負債が貨幣として通用するわけではなく、そこには明確なヒエラルキーが存在する。
負債ピラミッドと通貨の力
MMTが重視するのが「負債ピラミッド」という構造である。頂点には統合政府が発行する通貨が位置し、その下に銀行の預金、さらにその下にノンバンクの債務証書、そして最下層に個人の借用書が並ぶ。階層が下がるほど信用度は弱くなり、交換手段として利用できる範囲も狭くなる。
このピラミッド構造が示すのは、「最上位の負債」である通貨こそが、社会全体で最も信用される決済手段であるという事実だ。だからこそ、政府が発行する貨幣が圧倒的に強い価値を持つ。
しかし、この信用の序列は絶対ではない。戦争やクーデターで政府の統治が崩れると、通貨の信認も失われ、ピラミッドの頂点が他国の基軸通貨へ移行する現象が起きる。アルゼンチンやジンバブエで見られる「ドル化」がまさにその典型だ。カンボジアの街角で、リエルよりもドルや人民元が好まれるのも、信頼の序列が変化している証拠だといえる。
赤字の意味を読み替える
統合政府と民間という二つの主体で捉え直すと、政府の赤字は民間の黒字である。民間が成長し、貯蓄を積み上げるためには、政府がその分の赤字を負担し、通貨を供給し続ける必要がある。財政赤字=悪という固定観念から離れれば、赤字とはむしろ民間の資産形成を支える重要な基盤であると読み替えられる。
