「愛は動詞」ってどういう意味?コヴィーに学ぶ、冷めた関係を再燃させる唯一の方法
パートナーに対して「昔のようなトキメキがない」「もう愛情を感じない」と悩み、別れを考えたことはありませんか?
多くの映画やドラマでは、愛は「落ちるもの(Fall in love)」として描かれます。雷に打たれたように恋に落ち、魔法が解けたように冷める……。
しかし、世界的な名著『7つの習慣』の著者スティーブン・R・コヴィーは、そうした**「愛=感情」という定義を真っ向から否定しています。**
コヴィー博士は言います。**「愛は動詞である」**と。
私は理学療法士として、やる気(感情)が出ない患者様のリハビリに携わってきましたが、脳科学的には「やる気があるから動く」のではなく「動くからやる気が出る」が正解です。
愛もこれと全く同じです。 「愛しているから優しくする」のではなく、**「優しくする(行動する)から愛が芽生える」**のです。
この記事では、感情に支配された「受け身の愛」から卒業し、自らの意思で関係を築く「能動的な愛」の実践法について解説します。
映画やドラマの嘘に騙されるな
コヴィー博士は、世の中に蔓延する恋愛観に警鐘を鳴らしています。
人はその時どきの感情で動くのであって、その責任はとりようがないというような筋書の映画も少なくない。しかし映画は現実を描いているわけではない。
「気持ちが冷めたから不倫した」「運命の人じゃなかった」 映画ではドラマチックに描かれますが、これは自分の行動の責任を「感情」という不安定なものに押し付けているだけです。
もし、私たちの行動がすべて「その時の気分」で決まるとしたら、私たちは自分の人生をコントロールできない「ただの反応マシーン」になってしまいます。
「愛」は名詞ではなく「動詞」である
古今東西の偉大な文学において、「愛(Love)」は感情を表す名詞ではなく、行為を表す「動詞」として使われてきました。
- 感情(Reactive): 受動的。「愛を感じる」「好きになる」。天気のようにコロコロ変わる。
- 動詞(Proactive): 能動的。「愛する」「尽くす」。自分の意志でコントロールできる。
「愛している」という気持ちが消えたのなら、それは「愛する」という行動をサボった結果に過ぎません。
リハビリで証明される「行動」の力
「気持ちがついてこないから行動できない」というのは、医学的にも誤解です。
脳の側坐核という部位は、実際に体を動かす(作業興奮)ことで初めて活動し、ドーパミン(やる気や快楽)を出します。 リハビリの現場でも、「歩けるようになったら歩く」のではなく、**「痛くてもリハビリで歩く(行動)から、歩ける喜び(感情)が湧いてくる」**のです。
人間関係も同じです。 相手のために時間を使い、話を聴き、犠牲を払う。その「愛する(動詞)」という具体的な行動を積み重ねた結果として、後から「愛おしい(感情)」という果実が実るのです。
感情の奴隷になるか、主人になるか
コヴィー博士は厳しい言葉で指摘します。
もし行動が感情に支配されているとしたら、それは自分の責任を放棄し、行動を支配する力を感情に与えてしまったからなのだ。
「あいつがムカつくから怒鳴った」 「妻が冷たいから無視した」
これは、自分の行動のリモコンを相手や感情に明け渡している状態(奴隷)です。 本当に自立した人間は、どんな感情が湧いてきても、それとは別に「正しい行動」を選択することができます。
「今は腹が立っている(感情)。しかし、関係を良くするために冷静に話し合う(行動)を選択しよう」 これができる人が、人生の主人であり、真に「愛する能力」を持った人なのです。
まとめ・アクションプラン
今回の記事の要点をまとめます。
- 「愛」をただの感情だと思っていると、気分次第で関係が壊れてしまう。
- 「愛」は動詞である。相手のために行動するからこそ、愛情という感情が後から生まれる。
- 感情に支配されるのではなく、自分の意志で「愛する」という行動を選ぶことが重要。
Next Action:感情を無視して「愛」を行動に移す
もし今、パートナーへの気持ちが冷めているなら、実験だと思って次のことを試してみてください。
「もし、心から相手を愛しているとしたら、今どんな行動をとるだろうか?」
そう自問し、その答えを行動に移してください。
- 笑顔で挨拶をする。
- 好きなお菓子を買って帰る。
- 愚痴を黙って聴く。
感情は後回しで構いません。動詞としての「愛」を実践したとき、あなたの脳と心にどんな変化が起きるか。その驚くべき効果を体験してください。
この「主体的な愛」の概念こそが、円満な家庭を築くための最強の土台です。より詳しく学びたい方は、**『7つの習慣』**をぜひ手元に置いてください。
