政治・経済

『お金が増えても物価が上がらない本当の理由』

taka

貨幣の正体を知る

今回のテーマは「マネーストック」である。 前回、日本銀行が供給する「マネタリーベース」について触れたことを記憶しているだろうか。 その額は660兆円という途方もない規模に達しているが、その内実は、我々が普段財布に入れているお金とは少し性質が異なる。 なぜなら、マネタリーベースの大半は「日銀当座預金」という、銀行同士や国との決済にしか使えないデジタル上の数字だからだ。

我々一般市民は、日本銀行に口座を持つことはできない。 したがって、日銀当座預金という莫大な資金を、直接引き出して日々の買い物に使うことは不可能なのである。 もちろん、我々は1000円札や100円玉といった「現金」を使用する。 しかし、この現金紙幣もまた、日銀がいきなり印刷してばら撒いているわけではない。 あくまで、市中の銀行が自らの資産である日銀当座預金を引き出し、それを物理的な紙幣に交換することで、初めて世の中に流通するのだ。 つまり、現金とは銀行が持つデジタル資産が姿を変えたものに過ぎないと言えるだろう。

マネーストックという指標

では、我々が日常的に使い、経済活動の主役となっているお金とは何なのか。 それは「現金紙幣」と「銀行預金」の合計である。 経済学では、この世の中に出回っている通貨の総量を「マネーストック」と呼ぶ。 現代社会において、現金の受け渡し以上に、通帳やネットバンキング上の数字である「銀行預金」が果たしている役割は大きい。

この銀行預金というお金は、誰かが銀行から融資を受けた瞬間に生まれるものである。 銀行員がキーボードを叩き、貸出先の口座に数字を記帳する。 たったそれだけの行為で、新たな通貨がこの世に誕生するのだ。これを「信用創造」と呼ぶ。 銀行が貸し出しを行えば行うほど、マネーストックは増えていく。 つまり、マネーストックの増減は、我々一般市民や企業がどれだけ借金をしてお金を使おうとしているか、その意欲を反映している指標とも言えるのである。

膨張する通貨と沈黙する物価

ここで、一つの興味深いデータに目を向けてみたい。 2013年3月以降、日本のマネーストックは約3200兆円以上も増加している。 マネタリーベースとは異なり、マネーストックは我々が実際に使えるお金である。 常識的に考えれば、世の中にこれほどお金が溢れかえっているのだから、貨幣の価値が下がり、モノの値段、すなわち物価は上がるはずである。 しかし、現実はどうだろうか。 インフレ率は期待されたほど上昇せず、日本経済は長らく物価低迷に苦しんできた。 使えるお金が300兆円も増えたのに、なぜインフレが起きないのか。 この謎を解く鍵は、お金の「使い道」にある。

資金はどこへ消えたのか

答えは極めてシンプルである。 銀行からの借入によって増えたマネーストックが、パンや衣服、サービスといった「実体経済」の購入に使われていなかったからだ。 では、その膨大な資金はどこへ向かったのか。 それは、株式市場や不動産、あるいはビットコインといった「資産市場」である。

人々や企業は、借り入れたお金で新たな設備投資や消費を行うのではなく、投機的な利益を求めて金融商品を買い求めたのである。 経済学において、株や土地を買うという行為は、財やサービスの消費とは見なされない。 したがって、どれだけ株価が上がり、不動産価格が高騰しようとも、それは資産インフレに過ぎず、我々の生活実感である消費者物価指数の上昇には直結しないのだ。 インフレ率とは、あくまで「財やサービスの需要」が増加して初めて上昇する数値である。 金融市場の中でどれだけお金が回転しても、それが実体経済の消費として降りてこない限り、物価という体温は上がらない。 お金の「量」だけでなく、その「流れ」を見極めることこそが、経済の本質を理解する第一歩と言えるだろう。

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ABOUT ME
TAKA
TAKA
理学療法士/ビール
理学療法士として臨床に携わりながら、リハビリ・運動学・生理学を中心に学びを整理し発信しています。心理学や自己啓発、読書からの気づきも取り入れ、専門職だけでなく一般の方にも役立つ知識を届けることを目指しています。
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