政治・経済

貿易収支の真実:黒字と赤字が示す日本経済の現在地

taka

貿易収支とGDPの密接な関係

国際収支統計の中でも、私たちにとって最も馴染みが深く、ニュースでも頻繁に耳にする指標。それが「貿易収支」である。

仕組みは至って単純だ。自動車や機械といった「財」、つまり「モノ」の輸出額と輸入額を天秤にかける。輸出が多ければ「貿易黒字」、輸入の方が多ければ「貿易赤字」となる。しかし、このプラスマイナスが経済にどう影響するのかを正しく理解するには、GDP(国内総生産)との関係を知る必要がある。

GDP統計において、財の輸出は「日本国内で生産されたもの」が海外へ売れることを意味するため、GDPを直接的に増やす要因となる。一方で、財の輸入は「外国で生産されたもの」を買う行為であるため、GDP計算上は控除項目、つまりマイナス要因として扱われる。要するに、貿易黒字が増えればその分だけ日本のGDPは押し上げられ、逆に貿易赤字が拡大すれば、その金額分だけGDPが押し下げられることになるわけである。

構造変化:輸出大国の転換点

かつて日本は、盤石な貿易黒字国であった。21世紀に入ってからも、輸出も輸入も共に増加しつつ、差し引きで毎年10兆円規模の貿易黒字を安定して稼ぎ出していたのである。しかし、その流れを一変させる出来事が起きた。2008年のリーマンショックである。

この世界的な金融危機を境に、日本の輸出額は最大でも80兆円程度で頭打ちとなってしまった。なぜ、かつてのように輸出が伸びなくなったのか。その主たる要因は、リーマンショック以降に進行した急激な円高と、それに対応するための企業の戦略転換にある。

「日本で作って売る」のでは採算が合わないと判断した多くの製造業が、生産拠点を海外へと移す「現地生産」へと舵を切ったのである。工場が海外へ移れば、当然ながら日本からの輸出統計には計上されなくなる。これが、日本経済の足腰ともいえる輸出力が伸び悩むようになった構造的な背景といえるだろう。

エネルギー輸入と国富の流出

輸出が頭打ちになる一方で、輸入に関しては劇的な変化が訪れた。特に記憶に新しいのが、2011年の東日本大震災と福島第一原発の事故以降の動きである。

全国の原子力発電所が停止したことにより、不足した電力を補うため、火力発電の燃料となるLNG(液化天然ガス)などの輸入が激増した。2012年から2014年にかけて日本が貿易赤字に転落した最大の理由は、まさにここにある。

輸入が増えるということは、外国の生産品にお金を払うということだ。つまり、日本国民が汗水垂らして稼いだ所得が、エネルギー代として外国へ流出することを意味する。GDPの観点から見れば、原発停止によるLNG輸入の急増は、国内の所得を減らし、貿易赤字という形で国富を外へ逃がす結果をもたらしたといえるのである。

貿易赤字は「悪」なのか

では、貿易赤字になった国は、すなわち経済的に衰退していると言えるのだろうか。実は、必ずしも「貿易赤字=経済弱小国」という図式が成り立つわけではない。

その最たる例がアメリカである。アメリカは世界最大の貿易赤字国として知られているが、同時に世界最強の経済大国として成長を続けている。経済規模そのものが圧倒的に巨大であるため、GDPにおける純輸出のマイナスが多少増えたところで、国内の消費や投資がそれを補って余りある成長を実現できるからである。

逆に、経済規模が小さく、供給能力が乏しい国での巨額の貿易赤字は致命的となる。例えば、2020年に財政破綻に陥ったレバノンの事例を見てみよう。破綻前年のレバノンのGDPは約508億ドルであったが、貿易赤字は実に141億ドルに達していた。これはGDPの27%を超える異常な数値である。自国の需要を自国の生産で全く賄えていない状態が、国家の破綻を招いたといえる。

翻って日本を見てみると、21世紀で最も貿易赤字が膨らんだ2014年であっても、その額は約10.5兆円。これは日本の巨大なGDPと比較すれば、わずか2%程度に過ぎない。レバノンのような危機的状況とは次元が異なることがわかる。数字の大きさだけに惑わされず、その国の経済規模全体とのバランスを見ることが、冷静な分析には不可欠なのである。

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TAKA
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理学療法士/ビール
理学療法士として臨床に携わりながら、リハビリ・運動学・生理学を中心に学びを整理し発信しています。心理学や自己啓発、読書からの気づきも取り入れ、専門職だけでなく一般の方にも役立つ知識を届けることを目指しています。
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