『国の家計簿「国際収支」の正体。お金は国境を越えているのか』
国際収支という「国の家計簿」
新聞やニュースで「貿易収支」や「経常収支」という言葉を目にすることは多いだろう。これらはすべて、「国際収支」という大きな枠組みの一部に過ぎない。国際収支とは、ある国の居住者が一定期間内に、外国の居住者との間で行ったすべての経済取引を記録した、いわば「国の家計簿」のようなものである。 この国際収支は、大きく四つの項目に分類される。モノやサービスの取引を示す「経常収支」、資産の譲渡などを含む「資本移転収支」、お金の投資や貸借を示す「金融収支」、そして統計上のズレを調整する「誤差脱漏」である。 ここで興味深いのが、その計算式だ。経常収支と資本移転収支の合計から金融収支を引き、誤差脱漏を加えると、その数値は必ずゼロになるという性質を持っている。今回は、経常収支以外の、少し影の薄い、しかし経済の実態を知る上で極めて重要な項目について解説していく。
帳尻を合わせる項目たち
まずは、比較的シンプルな二つの項目から整理しよう。「資本移転収支」とは、対価を伴わない資産の移転を指す。例えば、日本企業が外国に対して債権放棄、つまり借金をチャラにした場合などがこれに当たる。資産を無償で相手国に移転させるため、マイナスの計上となる。 次に「誤差脱漏」。日本という巨大な経済圏が世界と行う膨大な取引を、一円の狂いもなく記録することは現実的に不可能である。そのため、計算上の帳尻を合わせゼロにするための調整項目として存在している。 そして、今回のメインテーマとなるのが「金融収支」である。これは、国境を越えたお金の動き、すなわち資産の増減を示している。
お金はアメリカに残る?金融収支の謎
金融収支を理解するために、一つの例を挙げてみよう。為替レートが一ドル一〇〇円の時、日本企業がアメリカに一〇〇万円の製品を輸出したとする。代金として受け取るのは一万ドルである。 ここで重要なのは、この一万ドルという資産の所在だ。ドルは日本国内ではそのまま使えない。したがって、日本企業が保有する一万ドルは、形式上日本企業の資産であっても、その実体はアメリカの銀行口座など、アメリカ国内に残ることになる。つまり、もともとアメリカ人が持っていたドルという資産の所有権が、日本側に移ったという現象、これが金融収支の本質である。
資産運用の五つの形
日本側が獲得したこの対外資産が、現地でどのように運用されているかによって、金融収支はさらに五つに分類される。 第一に「直接投資」。現地で工場を建設したり、企業を買収したりする場合である。 第二に「証券投資」。株式や債券として保有する場合だ。 第三に「金融派生商品」。先物取引やオプションなどのデリバティブ取引がこれに当たる。 第四に「外貨準備」。政府や通貨当局が、為替介入などに備えて保有する資産である。 そして第五が「その他投資」。これは上記四つに当てはまらないもの、例えば現預金や貸付金などが含まれる。
「輸出をしてドルを稼ぎ、それを日本円に両替した」というケースを考えてみよう。円に換えたからといって、ドルが日本に輸送されてくるわけではない。そのドルは、両替に応じた日本の銀行の資産として、依然としてアメリカの銀行口座に預けられたままになる。この場合、所有者が企業から銀行に移っただけで、分類としては「その他投資」として計上される。 つまり、国際収支における金融収支とは、現金が物理的に国境を行き来しているのではなく、誰がその国の通貨建て資産を持っているかという「権利の移動」を記録しているに過ぎない。この視点を持つだけで、複雑な経済ニュースも少し違った風景に見えてくるはずである。
