「財務省は大企業の犬」増税の裏にある10億円の闇
なぜ不況下でも「増税」をやめないのか
景気が悪化しても、国民が貧困にあえいでいても、財務省は頑なに消費税の増税を推し進めようとする。その執念は一体どこから来るのか。国を憂いてのことか、財政規律のためか。否である。その答えは極めて醜悪な「自己利益」にあるといえる。彼らが消費税を上げたがる真の理由、それは自分たちが退職後に再就職する「天下り先」である大企業への貢献に他ならない。
公務員は「役員になるための準備期間」
財務官僚の現役時代の給与は、激務の割には驚くほど高いわけではない。事務次官まで上り詰めても年収は3000万円程度であり、一流企業の役員報酬には及ばない。しかし、彼らの「本当の稼ぎ」は退職してから始まる。省庁を辞めた後、大企業や金融機関の顧問・役員を数年ごとに渡り歩く「わたり」を行うことで、10年足らずの間に数億円、場合によっては生涯で10億円近い富を手にする者がいるという事実がある。つまり彼らにとって公務員としての期間は、大企業の役員に迎え入れられるための「準備期間」に過ぎないのである。
国民を犠牲にして「ご主人様」に尽くす
この莫大な退職後利益を確保するためには、天下りを受け入れてくれる大企業の機嫌を損ねてはならない。だからこそ、法人税を減税して企業の利益を増やし、その穴埋めとして国民から消費税を絞り取る構造を作り上げているのだ。「財務官僚の本質は大企業の犬である」という指摘は、比喩ではなく冷徹な事実といえる。私たちが日々の生活を切り詰めて支払っている税金は、国の借金を返すためではなく、彼らの豪華な老後資金へと姿を変えているのが現実だ。
「正義」が死んだ国で生きるということ
その結果、日本はどうなったか。OECD加盟国の中で、日本はアメリカに次いで相対的貧困率が高い国となった。子供の貧困、ひとり親家庭の苦境、そして高い自殺率。国民の幸福度や生活満足度は地の底を這っている。政治や行政が本来守るべきは国民の生活であるはずだが、今の日本において「正義」は死語と化したようだ。私たち国民は、一部の特権階級が甘い汁を吸うための犠牲になっているという現実に、今こそ怒りの声を上げるべき時が来ている。
