「老後が不安」な小学生と情けない国・日本
止まらない貧困化と消えた「明日の希望」
日本の実質賃金は3年以上にわたってマイナスを記録し続けている。ボーナス時期に数字がわずかに上向くことはあっても、毎月の給料袋が軽くなっている現実は変わらない。国民がひたすらに貧困化していく中で、財務省への怒りのデモが起きるのは当然の帰結といえる。かつて昭和の時代、私たちは「今日よりも明日は必ず良くなる」と信じることができた。テレビや洗濯機が家庭に届き、生活が豊かになっていく実感があったからだ。しかし今の日本に、その希望は見る影もない。ある小学生が「お年玉を何に使うか」と問われ、「老後が不安だから貯金する」と答えたという話は、笑い話ではなく、この国の病理を映す鏡である。
「ツケ」を回しているのは誰なのか
子供が将来の夢ではなく、老後の心配をする国。これを「絶望の国」と呼ばずして何と呼ぶのだろうか。この惨状を招いたのは、間違いなく政治の不在である。政治家たちは増税のたびに「将来世代にツケを回してはいけない」と口を酸っぱくして言う。だが、彼らの言う「ツケ」とは単なる帳簿上の借金の話に過ぎない。真に次世代に渡してはならないツケとは、夢も希望もなく、ただ衰退していくだけの「情けない日本」そのものではないか。経済を成長させ、若者が成功を夢見られる土壌を作ることこそが、私たち大人が果たすべき責任であり、政治家の本来の仕事であるはずだ。
「安さ」と「拝金主義」に支配された心
貧しさは、経済だけでなく人の心までも蝕んでいく。SNSを開けば、成金が金を配り、それを人々が崇めるような浅ましい光景が広がる。街を見れば、数円のポイントのためにスマホを操作し、少しでも安い食事を求めて行列を作る人々で溢れている。かつて日本人が大切にしていた「少し高くても、お世話になっている店で買う」という義理や人情、あるいは「粋」といった精神的な豊かさは、効率と安さを追い求める中で失われてしまった。
誇りある国を取り戻すために
「情けない国になった」。そう嘆くだけでは何も変わらない。拝金主義と将来不安に覆われたこの国を変えるには、やはり根本的な経済の立て直しが必要不可欠だ。国民が日々の生活に追われず、心に余裕を持てる社会を取り戻すこと。そして、子供たちが「早く大人になりたい」と目を輝かせるような国にして次世代にバトンを渡すこと。それこそが、今を生きる私たちの世代に課された、最大の使命であるといえる。
