自民圧勝の正体は「38%」の民意に過ぎない
議席数と得票率の奇妙な乖離
2026年の衆院選は、自民党が議席の3分の2を占めるという歴史的な圧勝で幕を閉じた。しかし、この結果を冷静に分析すると、奇妙な事実が浮かび上がってくる。私が注目していたのは「比例代表」の議席数だ。予想していた72議席を大きく下回る67議席にとどまり、得票率はわずか38%であった。
これは、かつての岸田政権下の選挙とほぼ変わらない、あるいは低い水準であるといえる。つまり、国民の自民党への支持熱が爆発的に高まったわけではない。それにも関わらず、高市政権は圧倒的な権力を手にした。この「ねじれ」とも言える現象の正体を見極める必要がある。
小選挙区制という「魔術」
なぜ支持率が上がっていないのに議席だけが激増したのか。答えはシンプルだ。「小選挙区制」のマジックである。今回の選挙では野党の多党化が進み、特に国民民主党が候補者を積極的に擁立した。彼らが「国民の選択肢を増やす」という正当な意図で動いた結果、皮肉にも野党票、特に労組票が食い合う形となったのである。
その結果、自民党が「漁夫の利」を得て小選挙区での勝利を重ねた。マクロな視点で見れば、野党の分断が自民党の巨大な議席数を生み出したといえるだろう。制度上の必然とはいえ、この勝利は決して盤石な民意の上に成り立っているわけではないことを、我々は理解しておくべきだ。
「積極財政」へのラストチャンス
とはいえ、高市総理が解散に打って出た大義名分は「積極財政への転換」であったはずだ。小選挙区制の恩恵であれ何であれ、彼らは衆議院の3分の2という最強の武器を手に入れた。もはや「野党が反対するから」といった言い訳は通用しない。
この圧倒的な多数を活用し、約束通り積極財政を断行できるのか。それとも、数の力を背景に緊縮やリベラルな政策へ逆戻りするのか。もし後者であれば、それは国民に対する明確な裏切りである。「勝ったから何をしてもいい」などという驕りを、我々は決して許してはならない。
生存をかけた終わらない戦い
権力を持った高市政権がまともな政策を実行するならば、それはそれで良い。しかし、そうでなければ戦うまでだ。いつまでこんなことを続けなければならないのかと嘆くかもしれないが、それが現実である。
自分たちの生存と、次世代への責任を果たすために、我々は政治を監視し、声を上げ続けるしかない。人類の文明とは、そうした不断の闘争の上に成り立っているのだから。
