消費税議論の闇と排除された「不都合な真実」
密室で進む消費税議論
先の選挙を経て、いよいよ本格的な国会論戦が始まろうとしている。その中で注目を集めているのが、与党が主導する「食料品の消費税ゼロ」などを議論する国民会議の存在である。 一見すると、与野党を超えた超党派での前向きな議論に見えるかもしれない。しかし、その内実を見ると、決して手放しで喜べるものではない。なぜなら、この会議は国会という開かれた場ではなく、一部の政党のみを集めた不透明な場となる可能性が高いからである。
排除される減税派の声
最も不可解なのは、この会議の参加者から、消費税の減税や廃止を強く訴えている政党が明確に排除されていることである。 「特定の制度案に賛成しなければ参加させない」という条件は、最初から結論ありきで議論を進めようとする姿勢の表れといえる。本来であれば、賛否両論を交えて徹底的に議論すべきテーマであるはずだ。自分たちの都合の悪い意見を封じ込めようとするやり方は、国民の生活を置き去りにしていると言わざるを得ない。
消費税が抱える致命的な欠陥
彼らが本当に恐れているのは、消費税の「不都合な真実」を公の場で指摘されることではないだろうか。 多くの人は消費税を「消費者から預かった税金」だと認識しているが、実態は大きく異なる。事業者に課せられた事実上の「売上税」であり、たとえ赤字であっても身銭を切って納税しなければならない過酷な税制なのだ。 物価が高騰し、価格転嫁もままならない中小企業にとって、消費税はまさに「賃上げ妨害税」として重くのしかかっている。税を払いきれず滞納する企業が後を絶たないのが、今の日本のリアルな現状なのである。
正しい理解なき政策の危うさ
政治家や一部の有識者は「消費税は安定財源だ」と繰り返すが、その裏でどれほどの企業が倒れ、人々の所得が奪われてきたのかを直視すべきである。 消費税の本質的な欠陥を理解せず、ただ小手先の制度設計だけを密室で決めてしまうことの代償は計り知れない。失われた30年を取り戻し、私たちの生活を本当に豊かにするためには、排除の論理ではなく、真に国民の痛みに寄り添った開かれた議論こそが求められているのである。
