食料安保の罠。グローバリズムが招く理不尽な現実
当たり前にある食料の脆さ
私たちが生きていくために不可欠な食料。しかし、それを手に入れるためには「生産」と「物流」の両輪が機能している必要がある。 以前、「海外の農地を買って日本向けに作ればいい」という意見があったが、それは極めて危険な発想といえる。どんなに膨大な食料が生産されても、私たちの手元まで安全に運ばれてこなければ、作られていないのと同じだからである。 これは国内でも同様だ。どれほど産地が豊作であっても、都市部へ運ぶ物流網が途絶えれば、人々はたちまち飢えに直面することになる。
輸入依存が直面する現実
中東の湾岸諸国は、まさにこの現実に直面している。 かつて彼らは、豊富な資金を背景に海外農業へ投資し、食料の輸入依存を前提とする政策へと舵を切った。自国での農業生産には、過酷な気候や水不足という大きな壁があったためである。 しかし現在、イラン情勢の悪化によりホルムズ海峡の物流が混乱し、彼らはいきなり「食料が届かない」という危機に立たされている。 他国の海峡に食料供給を依存することが、いかに致命的なリスクであるかがわかるはずだ。
食料危機は「値上げ」から始まる
食料危機というと、ある日突然スーパーの棚から食べ物が消える光景を想像するかもしれない。しかし、現実は異なる。 最初に起きるのは「価格の高騰」である。 資金に余裕がある層にとっては、食費が多少上がったところで大きな痛手にはならない。問題は、生活費における食費の割合、すなわち「エンゲル係数」が高い低所得者層である。 2025年、日本のエンゲル係数は28.6%となり、実に44年ぶりの高水準を記録した。エネルギー価格の高騰も相まって、食料品の値上がりは経済的弱者の生活を直撃しているのである。
グローバリズムがもたらす理不尽
ここで見過ごしてはならないのが、国内の農業を破壊してきた「自由貿易」や「グローバリズム」の影である。 安さを求めて輸入に頼れば、国内の生産基盤は失われる。メキシコのアボカド農家が自由貿易によって没落し、貧困からギャング化していった事例はその典型といえるだろう。 一部の者が利益を得る一方で、食料安全保障は弱体化し、いざ危機が起きたときに真っ先に苦しむのは低所得者層である。 この構造的な理不尽さに、私たちは今こそ気づくべきなのである。
