運動器疾患における「痛み」の本質
運動器疾患における患者の主な症状は「痛み」です。その中でも慢性痛は、単発の外傷によって生じるものではなく、なんらかの負荷が繰り返し加わることによって発症するケースが多いと考えられます。
慢性痛を正しく理解するためには、まず「力学的な負荷とは何か」を捉えることが重要です。本記事では、慢性痛を引き起こす代表的な力学的負荷を 伸張負荷・摩擦負荷・圧縮負荷・収縮負荷 の4つに整理し、それぞれを臨床例とともに解説します。
伸張負荷(Tensile Load)
伸張負荷とは、組織に牽引力が作用し、その結果として内部に応力が生じる状態を指します。生体内では、関節運動によって軟部組織が引き伸ばされる際に発生します。
臨床でイメージしやすい例としては、SLR(Straight Leg Raising)で生じるハムストリングスの伸張負荷が挙げられます。健康な状態であれば問題はありませんが、筋損傷や瘢痕化がある場合には、この伸張負荷が痛みを誘発する原因となります。
摩擦負荷(Friction Load)
摩擦負荷とは、物体同士が動く際に生じる抵抗力です。生体内では、組織と組織が滑走する場面で発生します。
具体的な例としては、関節運動時に筋膜や腱が周囲組織と滑走する際の摩擦が挙げられます。本来スムーズであるはずの滑走が、炎症や癒着によって阻害されると摩擦負荷が増大し、痛みの原因となります。
圧縮負荷(Compressive Load)
圧縮負荷とは、外からの圧力が加わり、それが内部に応力として作用する状態です。生体内では、組織同士が近づく動きの中で圧力が加わることで発生します。
代表的な臨床例は、インピンジメント症候群です。肩関節や股関節で骨と軟部組織が近接し、圧縮ストレスが加わることで慢性的な痛みを引き起こします。
収縮負荷(Contractile Load)
収縮負荷は、筋自体の収縮によって内部に応力が生じる状態です。筋線維に損傷や炎症がある場合や、筋と隣接する組織との滑走が低下している場合に、収縮負荷が痛みを誘発します。
さらに、関節のアライメント異常や不安定性によって「非生理的な収縮」が強いられると、筋の過負荷が繰り返され、慢性痛へとつながります。
慢性痛が生じる条件
重要なのは、生理的な範囲の負荷が繰り返されるだけでは慢性痛は基本的に生じないという点です。慢性痛が発生する背景には、以下のような要因があります。
- 組織がすでに損傷している
- 炎症や過緊張が持続している
- 瘢痕化や癒着によって滑走性が失われている
- 非生理的な負荷が長期にわたり繰り返される
つまり、「異常な組織状態 × 持続的な力学的負荷」が重なることで、慢性的な痛みが成立します。
臨床における応用
理学療法士・作業療法士にとって、慢性痛の背景にある「負荷の種類」を見極めることは極めて重要です。評価の際には、
- 疼痛がどの動作で誘発されるか
- 伸張・摩擦・圧縮・収縮のどの負荷に当てはまるか
- 組織の状態(炎症・損傷・癒着など)が関与していないか
を整理することで、原因を特定しやすくなります。
治療アプローチとしては、
- 伸張負荷による痛み → 筋柔軟性の改善や過剰伸張の回避
- 摩擦負荷による痛み → 筋膜リリースや滑走性の改善
- 圧縮負荷による痛み → 関節アライメントの修正や運動制御トレーニング
- 収縮負荷による痛み → 筋収縮パターンの改善や過緊張の抑制
といったように、負荷の種類に応じた介入が求められます。
まとめ
慢性痛は単に「長引く痛み」ではなく、力学的な負荷の繰り返しによって成立することが多い症状です。特に、伸張・摩擦・圧縮・収縮という4つの負荷の視点から整理することで、臨床評価がより具体的になります。
理学療法士・作業療法士は、疼痛の背景にある負荷の種類を見極め、適切なアプローチを選択することで、慢性痛患者の機能改善と生活の質の向上に貢献できるでしょう。