ACL再建後の膝前部痛、その原因は脂肪体の硬さ?―エラストグラフィで見る早期変化とOAリスク
ACL再建後に残る“違和感”の正体
前十字靭帯再建(ACLR)後、手術は成功しても「膝前部の痛み」や「動かしづらさ」が残る患者は少なくありません。
その一因として注目されているのが、**膝蓋下脂肪体(infrapatellar fat pad:IFP)**です。
IFPは膝蓋腱のすぐ下にあるクッション状の脂肪組織で、衝撃吸収・摩擦軽減・炎症制御といった重要な役割を果たします。
しかし、ACLRの術中には視野確保のためにIFPの一部を切除することがあり、その後に線維化や炎症が起こると、組織が硬化して動きが制限され、痛みや可動域制限につながることが知られています。
研究の目的
米国の研究グループ(Harkeyら, 2025)は、
「ACL再建後の患者で、IFPの硬さが早期OA症状と関係しているか?」
を**シアーウェーブエラストグラフィ(SWE)**という超音波技術で検証しました。
SWEは、組織に伝わる“せん断波”の速さから**弾性(stiffness)**を定量化できる方法で、
筋や腱の硬さ評価にも使われる注目の技術です。
研究デザインと対象
- デザイン:横断研究
- 対象:ACLR後4〜12か月の男女24名(平均年齢19.4歳)
- 評価方法:
- 両膝のIFP硬さをSWEで測定(20°屈曲位・仰臥位)
- Limb Symmetry Index(LSI)=手術側と健側の硬さ差を算出
- 早期OA症状はKOOSスコアの4項目(痛み・症状・ADL・QOL)で85%以下が2項目以上
主な結果
- **11名(46%)**が「早期OA症状あり」と分類。
- 症状あり群のIFP硬さLSIは**+49.2% ± 48.7**、
症状なし群は**−17.3% ± 34.4**と大きな差(p < 0.001)。 - LSI 7.1%以上をカットオフとすると、
- 感度:90.9%
- 特異度:92.3%
- AUC:0.94(非常に高精度)
つまり、IFPの硬さが健側より7%以上高いと、早期OA症状を示す可能性が高いという結果でした。
研究の解釈
ACLR後のIFPは、手術操作や炎症により線維化・浮腫・血流変化を起こすことがあります。
SWEで検出された硬さの上昇は、この**線維化(fibrosis)**を反映していると考えられます。
興味深いのは、絶対値で見たIFP硬さには有意差がなかった点。
つまり、左右差(LSI)という個人内比較を行うことで初めて、症状との関係が明確になったのです。
これは、筋力評価で患側/健側比(LSI)を用いる考え方と同じで、
関節周囲軟部組織の評価にも個人内指標の重要性を示した結果といえます。
臨床への応用
✅ 1. IFP硬化は“痛みのサイン”かもしれない
IFPの硬さ上昇は、滑走不全や炎症の慢性化を示唆し、
膝前部痛・屈伸制限・膝蓋骨可動性の低下につながる可能性があります。
✅ 2. SWEは非侵襲的なリハ評価ツールになりうる
MRIより低コストで、リアルタイムに脂肪体の硬さを測定できるSWEは、
術後リハやOA予防のモニタリングとして臨床応用が期待されます。
✅ 3. リハ介入の方向性
IFPの線維化や滑走障害がある場合、
- 大腿四頭筋・殿筋の再教育
- 膝蓋骨モビライゼーション
- 軟部組織リリース・ハイドロリリース
など、滑走性・組織弾性の回復を狙う介入が有効かもしれません。
今後は、これらの介入がIFP硬さを改善できるかどうか、
定量的に追跡する研究が求められます。
今後の課題
- 被験者の46%が症状を有し、その全員が女性であった点から、
性差の影響を考慮した検討が必要。 - サンプルサイズが小さいため、
**因果関係(硬さが痛みを生むのか、痛みで硬くなるのか)**は不明。 - SWEが高価で普及率が低いため、
Bモードエコー画像(エコー輝度)で代替評価できるかも今後の焦点。
まとめ
- ACL再建後1年以内の患者の約半数に早期OA症状が出現。
- その群ではIFPの硬さが健側より著しく高い。
- SWEによる**IFP stiffness LSI(7%以上)**が症状判別に有用。
- IFP硬化は術後OAリスクの早期指標となる可能性がある。
今後、IFPの柔軟性維持を目的とした個別リハ戦略の確立が期待されます。
