怒りは敵と思え──新渡戸稲造『世渡りの道』に学ぶ、感情を制する心の修養
「怒り」は誰にでもある——しかし、それに支配されてはいけない
新渡戸稲造は、『世渡りの道』でこう語ります。
「怒りを完全になくすことはできない。しかし、日ごろの心がけ次第では怒りが少なくなるよう心を磨いていくことはできる。」
怒りは、人間の自然な感情です。
どんなに温厚な人でも、理不尽なことや思いどおりにならないことに直面すれば、心が波立ちます。
しかし新渡戸は、怒りそのものを「悪」とは言いません。
むしろ、「どう向き合うか」が大切だと説きます。
つまり、怒りはなくすものではなく、制御するものなのです。
それを放置すれば自分の敵となり、
制御すれば人生の味方となる——この違いこそ、修養の核心です。
「怒りは敵と思え」——徳川家康の戒め
「『怒りは敵と思え』と徳川家康は言った。」
新渡戸が引用するこの言葉は、家康の生涯哲学として知られる名句です。
家康は、天下人になるまで幾多の苦難と屈辱を経験しました。
しかし彼が偉大だったのは、感情に支配されず、怒りを理性で抑えたことです。
家康は言いました。
「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず。」
この「急ぐべからず」という言葉には、
怒りに任せて行動するな、感情に流されるなという意味が含まれています。
新渡戸がこの家康の言葉を引用したのは、
「怒りは自分を最も簡単に破滅させる感情だから」です。
だからこそ——
「怒りは敵と思え」
この一言に、人生を平穏に保つための知恵が凝縮されています。
「怒りを抑える」とは、押し殺すことではない
「毎朝、『今日は絶対に怒らないようにしよう』と心がければ、心に怒りが生まれても、それが表れないように抑えることができるようになる。」
新渡戸は、怒りを“消す”ことではなく、“制する”ことを重視しました。
怒りを押し殺してしまうと、やがてそれがストレスや憎しみに変わり、
心を蝕むことになります。
ここで大切なのは、怒りを外に出さない訓練です。
たとえば——
- 怒りが込み上げたら、まず一呼吸おく。
- その場で言い返さず、一晩置いてから考える。
- 「自分も完璧ではない」と思い出す。
こうした小さな習慣の積み重ねが、
新渡戸のいう「心を磨く」ということなのです。
毎朝の「今日は怒らない」という心構えは、
いわば感情の筋トレです。
怒りがもたらす三つの害
怒りの感情に支配されると、人は次の三つの害を受けます。
- 判断力を失う
冷静なときなら避けられる失敗を、自ら招いてしまう。 - 人間関係を壊す
怒りの言葉は相手の心に深い傷を残し、信頼を失わせる。 - 自分自身を傷つける
怒りは相手を攻撃するように見えて、最終的には自分を蝕む。
まさに「怒りは敵」であり、
**最も近くに潜む“内なる破壊者”**なのです。
怒りを力に変えるには
新渡戸稲造は、怒りをただ抑えるだけでなく、
正しく使う方法にも目を向けていました。
怒りには、本来「正義感」や「情熱」が含まれています。
それを他人への攻撃ではなく、
社会を良くする行動や、自分を高めるエネルギーに変えることができれば、
怒りは敵ではなく、成長の味方になります。
たとえば、
- 不当なことに憤る気持ちを、行動力へと転化する。
- 誰かに怒る代わりに、自分の未熟さを正そうとする。
このように怒りのエネルギーを「建設的な方向」に使うことこそ、
真の修養なのです。
「怒りを抑える人」は、最も強い人
一見すると怒らない人は「優しい」「おとなしい」と思われがちですが、
新渡戸はそれを最高の強さだと考えていました。
怒りを抑えられる人は、感情の波を制御できる人。
つまり、自分自身を支配できる人です。
これは武士道の精神とも通じています。
刀で相手を斬るより、
自分の怒りを斬るほうが、はるかに難しく、そして尊い。
新渡戸の言葉を借りれば、
「己に克つ者こそ、真の強者である。」
怒りを敵と見なし、それを制御することこそ、
「修養の最も高い実践」なのです。
まとめ:怒りを敵と知れば、心は自由になる
『世渡りの道』第140節の教えは、次の3つにまとめられます。
- 怒りは誰にでもあるが、それを制御できるかが人間の深さを決める。
- 「怒りは敵と思え」という心構えを毎朝もつことが、修養の第一歩。
- 怒りを抑える人こそ、本当に強く、自由な人である。
新渡戸稲造は、怒りを敵視することで「心の平和」を守る術を教えてくれました。
怒りを外に向けるのではなく、内に収め、静かな力へと変える。
それが、真の意味での「世渡りの知恵」なのです。
最後に
新渡戸稲造の言葉を現代風に言えば、こうなります。
「怒りを制する者が、人生を制する。」
怒りは一瞬の感情、しかしその一瞬が人生を決めます。
今日という一日を穏やかに生きるために、
朝の心構えとして——
「今日は怒らない」
このたった一言を、心に置いてみてください。
それが、平穏な一日と成熟した人生への第一歩になるのです。
