麻生政権の奮闘と民主党の財源誤算
麻生政権、知られざる経済対策
民主党が政権を奪取する直前、最後の自民党政権として舵を取ったのが麻生太郎内閣である。当時、世界はリーマンショックという未曾有の危機に直面していた。だが、麻生政権はこの荒波の中で、景気対策を最優先に掲げ、日本経済の立て直しに奔走した事実は、意外にも深く知られていない。
就任直後から半年余りの間に、彼らは4回もの経済対策を断行した。「安心実現」「生活対策」「生活防衛」「経済危機対策」と銘打ち、補正予算と本予算を組み合わせたその手法は、政府自ら「景気対策の3段ロケット」と称するほど、大規模かつ迅速な財政出動であった。
企業の救済と財務省への不信
この迅速な対応により、多くの中小企業が救われたといえる。例えば、借入金の返済を一時的に猶予する「モラトリアム法案」などは、資金繰りに苦しむ現場にとって文字通りの救命ボートとなった。
一方で、不運な側面もあった。中小企業向けの税制優遇として導入された「繰戻し還付金」制度である。これは過去に納めた法人税を取り戻せる仕組みだったが、多くの企業が利用を躊躇した。なぜなら、財務省への根深い不信感があったからだ。「還付を申請すれば税務調査が入り、逆に追徴課税されるのではないか」という懸念が、せっかくの支援策を阻害してしまったのである。
民主党政権が陥った「財源の罠」
その後、圧倒的な支持を得て誕生した民主党政権。子ども手当や高速道路無料化など、夢のある公約が並んだが、その多くは実現しなかった。最大の間違いは、財源を「埋蔵金」に求めたことにある。
彼らは「無駄を省けば財源が出る」と信じていたが、それは幻想に過ぎなかった。本来であれば、国債を発行して財源を確保すべき局面だったのである。消費税廃止などの大胆な策で景気を刺激すれば、結果として税収は増える。しかし、当時の政権幹部の多くは財務省の論理に絡め取られ、「借金は悪である」という呪縛から抜け出せなかったようだ。
正しい経済観が未来を拓く
国の借金は、家計の借金とは根本的に異なる。通貨発行権を持つ国家において、財源は国債で賄うことが可能なのだ。この仕組みを理解せず、緊縮的な思考に陥ったことが、当時の停滞を招いた一因といえるだろう。
もしあの時、麻生政権の積極財政が正当に評価され、あるいは継続されていたならば、現在の日本経済は違った景色を見ていたかもしれない。歴史に「もしも」はないが、過去の政策を冷静に比較検証することは、これからの日本を考える上で重要な羅針盤となるはずである。
