一時的な感情に惑わされるな──新渡戸稲造『自警録』に学ぶ、冷静さを失わない人の思考法
感情は「悪」ではない
新渡戸稲造は『自警録』の中で、感情についてこう述べています。
「何事をするにも熱い感情がなければ成功しない。その意味では、感情そのものが悪いということではない。」
多くの人は「感情的になること」を悪いことだと考えがちです。
しかし、新渡戸はそれを否定します。
感情には、人を動かすエネルギーがあります。
怒りが正義を生み、情熱が努力を生み、悲しみが優しさを生むこともある。
つまり、感情は行動の原動力であり、人生の炎そのものなのです。
問題は「一時的な感情」に支配されること
では、なぜ新渡戸は「感情に惑わされるな」と言うのでしょうか。
「しかし、一時的に高ぶった感情に支配されてしまうと悪い結果になることが多い。」
ここで新渡戸が警告しているのは、「一時的に高ぶった感情」、つまり瞬間的な情動の暴走です。
人間は誰しも、怒り、嫉妬、焦り、悲しみなどの感情に飲み込まれる瞬間があります。
その一瞬の判断や言葉、行動が、大きな後悔を生むことが少なくありません。
感情に支配されると、理性が麻痺します。
そして、理性が失われた状態では、正しい判断ができなくなるのです。
「なぜこんなに熱くなっているのか」と自問せよ
「したがって、何か物事にあたろうとするときには、なぜ自分はこれほど熱くなっているのだろうかと、まずは冷静になって考えてみることが必要だ。」
新渡戸のこの一文は、現代のメンタルトレーニングにも通じます。
感情に支配されそうになったときに大切なのは、**「自分を観察する力」**です。
たとえば、
- なぜこの人の言葉にここまで腹が立つのか?
- なぜこの出来事に過剰に反応しているのか?
- その怒りや焦りの“根っこ”には何があるのか?
こうして一歩引いて自分を見つめることで、感情の正体が見えてきます。
この「メタ認知」の習慣こそ、感情に飲み込まれない第一歩なのです。
感情が視野を狭める理由
新渡戸はさらにこう述べます。
「感情に支配されてしまうと視野が狭くなり、そのために過ちを犯しやすくなるから要注意だ。」
人は強い感情を抱くと、まるで“心のトンネル”に入ったような状態になります。
怒っているときには他人の事情が見えず、焦っているときには全体像が見えなくなる。
心理学ではこれを「認知の歪み」と呼びます。
感情が強くなるほど、思考の幅が狭まり、
“今この瞬間”の出来事しか見えなくなってしまうのです。
しかし、冷静さを取り戻せば、
- 別の視点が見える。
- 他人の意図が理解できる。
- 長期的に正しい判断ができる。
だからこそ、新渡戸は「冷静であること」を“人間の知恵”と位置づけました。
「感情を持つこと」と「感情に支配されること」は違う
ここで大切なのは、「感情を消そうとしない」ことです。
感情を無理に抑え込もうとすると、かえって爆発してしまいます。
新渡戸の言葉が示すように、
感情は抑えるのではなく、整えるもの。
たとえば、
- 怒り → 正義感のエネルギーに変える。
- 悲しみ → 共感力や優しさに昇華させる。
- 不安 → 準備や努力の原動力に変える。
このように、感情を「行動の方向づけ」に使うことで、
感情のエネルギーを建設的に活かすことができます。
感情に振り回されない人の3つの習慣
新渡戸稲造の教えを現代的に実践するには、次の3つが効果的です。
① その場で決めない
感情が高ぶっているときほど、すぐに判断や返信をしない。
時間をおくことが、最大の冷却装置になります。
② 感情を書き出す
怒りや不安を紙に書き出すことで、頭の中が整理され、冷静さを取り戻せます。
③ 客観的な視点を入れる
信頼できる人に相談したり、別の立場から考えてみたりする。
「第三者の目」を持つことで、感情の渦から抜け出せます。
まとめ:感情に“導かれる”人であれ、“支配される”人になるな
『自警録』第166節の教えをまとめると、次の3つに集約されます。
- 感情は悪ではなく、行動のエネルギーである。
- 一時的な感情に支配されると、視野が狭まり判断を誤る。
- 感情を整え、理性のもとで活かすことが、真の成熟である。
新渡戸稲造は、感情を「否定」するのではなく、
「感情を味方につける」ことの大切さを教えています。
最後に
新渡戸の言葉を現代風に言えば、こうなります。
「感情をコントロールすることが、人生の舵を取ることだ。」
怒り、焦り、嫉妬、悲しみ——どんな感情も否定する必要はありません。
ただし、その感情のまま行動してはいけない。
一歩下がって、自分の心を見つめる。
その冷静なまなざしこそが、あなたの人生を誤らせない“羅針盤”になるのです。
