古代ローマの哲学者セネカは『倫理書簡集』の中でこう述べています。
「できれば責め苦に遭うような目は避けたいが、それに耐えねばならぬときが来たら、勇気と名誉をもって立派に耐え抜くつもりだ。…大事なのは、そうした苦境に陥らないように願うことではない。苦境に耐え抜く徳が身につくように願うがよい。」
この言葉は「逆境そのものを避けることより、逆境にどう応じるかこそ大切だ」というメッセージです。
ガーフィールド大統領の覚悟
19世紀アメリカの第20代大統領ジェームズ・ガーフィールドもまた、この考えを体現しました。彼は貧しい生まれから努力を重ね、南北戦争の英雄となり、大統領の座にまで上り詰めました。
しかしその任期中、党内抗争で大統領の権威すら疑われる危機に直面します。そのとき彼は補佐官にこう語りました。
「むろん戦いは支持しないが、その知らせが戸口に届けられればいつでも応じよう。」
これは、望まぬ戦いであっても逃げるのではなく、必要とあらば立ち向かう覚悟を示した言葉でした。
私たちが陥りやすい誤解
セネカも指摘しているように、多くの人は「もし逆境が訪れたら、そのときは頑張ろう」と考えます。しかし心の奥では「自分にはそんなことは起こらないだろう」と高をくくっているのです。
だからこそ、予期せぬ困難に直面すると慌てふためき、準備不足のまま打ちのめされてしまいます。
苦難はいつ訪れてもおかしくない
人生における逆境は、突然やってきます。
- 健康だと思っていたのに病気が見つかる
- 安定していた会社が倒産する
- 信頼していた人間関係が壊れる
これらは「遠い未来の話」ではなく、今日にも起こりうる現実です。だからこそ、夜更けに突然客が訪れて慌てるようではいけません。あらかじめ準備を整えておく必要があるのです。
逆境に備えるための心構え
では、現代を生きる私たちはどう備えればよいのでしょうか。
1. 「起こりうる最悪」を想定する
ストア派の哲学では「プレモルティメーション(予想死想)」と呼ばれる思考法があります。あらかじめ最悪の事態を想定しておくことで、実際に起きたときも動揺せずに対応できます。
2. 小さな不便をあえて受け入れる
たとえば電車が遅れる、天気が崩れる、予定が変わる。こうした小さな不運を「耐性トレーニング」と考え、冷静に受け止めることで逆境への免疫が育ちます。
3. 徳を磨く
セネカが説いたように、困難を避けるよりも「勇気」「自制」「誠実」といった徳を養うことが大切です。逆境は人格を試す場であり、同時に成長の機会でもあるからです。
まとめ ― 逆境は避けられなくても、備えることはできる
セネカの言葉も、ガーフィールドの覚悟も、同じことを教えています。
「困難を避けることはできない。だが、困難に備えることはできる。」
だからこそ、逆境が訪れる前から心を整え、いつでも応じられる用意をしておきましょう。
大事なのは「苦難が来ませんように」と願うことではなく、「苦難が来ても立派に応じられる自分になろう」と願うことなのです。