運命を見据えることのメリット──エピクテトスに学ぶ「メメント・モリ」の力
運命を直視するということ
エピクテトスは『提要』の中でこう述べています。
「死でも追放でも、恐ろしく思えるものは何でも、毎日眼前に思い浮かべよ――そうすればけっして卑しい考えを起こさぬであろうし、行きすぎた欲望も抱かぬであろう」
死や追放など、私たちが恐れる出来事を避けずに想起することで、むしろ欲望や不安に振り回されない強さを養えるのです。これが「運命を見据える」ことの核心です。
いつ崩れるか分からない日常
現代の私たちは、平和で安定した日常を当然のように享受しています。しかし、その基盤は脆く不確実なものです。政治の風向きが変われば自由が制限されることもあり、理不尽な暴力や事故に巻き込まれる可能性もあります。
古代メソポタミアの『ギルガメシュ叙事詩』にはこんな一節があります。
「人は茂みの中で葦のように折り取られるのだ! 立派な青年も、可憐な少女も──その人生の盛りに、あまりにも早く死が彼らを奪い去る!」
人の命や計画は、いつどのように中断されるか分からない。これは数千年前から変わらぬ現実です。
なぜ死や不幸を思い浮かべるのか
「そんなことを考えたら気が滅入る」と思うかもしれません。しかし、今日一日だけ不安を忘れて過ごすことができても、いざ想定外の出来事に直面したときの衝撃は計り知れません。むしろ、日常的に「死や不運の可能性」を想起していれば、現実が訪れたときに冷静でいられるのです。
これは悲観的な態度ではなく、むしろ健全な準備です。嵐が来ることを知っている人ほど、堤防を整え、家を守ることができるのと同じです。
運命を見据えることのメリット
- 欲望を抑える:死を意識すると、過剰な富や快楽を追い求める気持ちが自然に弱まる。
- 怒りや不満が和らぐ:人生の有限性を知れば、些細なことにこだわる無意味さが見えてくる。
- 勇気が湧く:最悪の事態を想定していれば、困難に直面しても恐れに呑まれにくくなる。
- 今を大切にできる:未来は保証されていないからこそ、今日一日を誠実に生きようと思える。
現代に活かす実践法
- 朝の瞑想で死を想う:「今日が最後かもしれない」と静かに唱えてから一日を始める。
- 計画を柔軟に立てる:何が起きても対応できるよう、常に余白を残しておく。
- 小さなことを大切にする:家族との会話、仕事のひとつ、食事の時間などを「二度と戻らない瞬間」として味わう。
まとめ
運命を見据えることは、不安に支配されることではなく、むしろ不安から自由になるための準備です。死や不幸を思い浮かべることによって、私たちは欲望や怒りから解放され、勇気と感謝をもって生きられるようになります。
エピクテトスや『ギルガメシュ叙事詩』が伝えるメッセージは明快です──「死を見据えよ。そうすれば、より良く生きられる」。
