「事業の盛衰は細菌の盛衰に似ている」——幸田露伴が教える、企業が衰退する“自然の摂理”
「事業の盛衰は細菌の盛衰に似ている」とは
幸田露伴は『努力論』の中で、人生や社会の原理を自然現象に重ね合わせながら語ります。
この章「事業の盛衰は細菌の盛衰に似ている」では、事業の成長と衰退のメカニズムを、細菌の増殖過程になぞらえて解説しています。
「細菌は実に驚くべきスピードで自己増殖し、勢力を拡張する。
しかし、その増殖も一定の段階に達すると、
自分の体内から排出された老廃物に取り囲まれて身動きがとれなくなってしまう。」
露伴は、**成長の裏にある“自己の限界”**を、細菌という小さな生命体に見出していたのです。
細菌の成長と「事業の成長」は同じ構造
露伴が描く細菌の姿は、驚くほど現代の企業成長と重なります。
最初は勢いよく増殖し、周囲の環境を取り込み、勢力を広げる。
ところが、次第に自らの老廃物(=負の要素)に囲まれ、動きが鈍くなっていく——。
事業の世界で言えば、
- 成長の過程で社内に生まれる“惰性”
- 過去の成功体験に縛られる“硬直化”
- 社員同士の馴れ合いや慢心
などが、この「老廃物」にあたります。
つまり、成功の中にこそ衰退の種がある。
露伴はその本質を100年以上前に見抜いていたのです。
成功を妨げる「老廃物」とは何か
露伴は、細菌が自ら出した老廃物で動けなくなるように、
事業もまた「自分が生み出したもの」によって衰退すると述べています。
企業の成長を止める“老廃物”とは、次のようなものです。
- 過去のやり方に固執する体質
成功したビジネスモデルを変えられず、時代に取り残される。 - 組織の硬直化と官僚主義
社員が挑戦を恐れ、保守的な文化が根づいていく。 - 経営者の慢心や惰性
現状に満足し、未来への危機感を失う。
露伴が言う「老廃物」とは、まさに**成長の過程で蓄積される“成功の副作用”**です。
それを自覚し、排出し続けることができる企業だけが、長く生き残るのです。
「成長=衰退の始まり」という自然法則
露伴はこう指摘します。
「ある程度まで発展すると、そのあとは次第に衰退してしまうことが多い。
その原因は細菌の盛衰の原因とそっくりなのだ。」
つまり、成長と衰退は切り離せない——それが自然の摂理だというのです。
どんなに優れた企業やリーダーでも、永遠の成長はあり得ません。
なぜなら、成長する過程で必ず「環境の変化」や「内側の劣化」が起こるからです。
この視点は、現代の「ライフサイクル経営」や「組織の新陳代謝」の考え方に通じます。
露伴は、100年前にすでにこの構造を直感的に理解していたと言えるでしょう。
成熟企業が生き残るためのヒント
露伴の洞察を現代の経営に応用するなら、
事業が「細菌の死滅」を迎えないためには、次のような工夫が必要です。
① 老廃物をためない
過去の成功に執着せず、古い制度・文化・思考を定期的に見直す。
「いまのやり方が本当に最善か?」と常に問い直す姿勢が大切です。
② 新しい栄養(刺激)を取り入れる
社外のアイデアや他分野の知恵を積極的に導入する。
異業種との連携や若手の発想を取り入れることが、事業に“酸素”を与えます。
③ 自然のリズムを理解する
衰退は失敗ではなく、次の成長の前触れ。
一度縮小や再構築の時期を受け入れることで、再び生命力を取り戻せます。
露伴の「細菌の比喩」は、現代の企業再生にもそのまま通じる自然のマネジメント論なのです。
「盛衰」を受け入れる心が、次の発展を生む
露伴は、事業の盛衰を単なる経済現象ではなく、
自然の摂理として受け入れることの大切さを教えています。
「常に成長し続けなければならない」という現代のプレッシャーの中で、
この露伴の考え方は非常に新鮮です。
衰退の兆しは、終わりではなく再生のサイン。
そのときに、自らの「老廃物」を認め、浄化する勇気を持つことこそ、
次の成長への第一歩なのです。
まとめ:露伴が教える“永続の条件”
幸田露伴の「事業の盛衰は細菌の盛衰に似ている」という一節は、
企業経営だけでなく、人生そのものにも通じる普遍の真理を語っています。
- 成長は必ず限界を迎える
- 成功の中に衰退の原因がある
- 自らの老廃物(惰性・慢心)を定期的に排出せよ
- 衰退を受け入れることで、次の成長が始まる
露伴が見抜いたのは、**「成長と衰退は循環してこそ生命が続く」**という自然の法則です。
だからこそ、企業も人も、“盛”に驕らず、“衰”を恐れず——。
静かに再生の時を待ち、次の一歩を踏み出すことが、
真に「生き続ける力」なのです。
