ビジネス書100冊で判明した「SNSやるな」論の正体──極端な主張とその裏にある“ただの失敗談”
SNSは現代のインフラだが、ビジネス書はやたら敵視する
SNSは、今や生活と切り離せない。
僕自身、ほとんどの仕事はSNS発の縁でいただいた。
この記事につながった「ビジネス書100冊読んでみた」企画も Twitter でバズったことがきっかけだ。
しかし、ビジネス書界隈では「SNSは見るな」という主張が非常に多い。
もちろん僕もSNSさえやっていなければ、この締切に追われる日々はやってこなかった。
そういう意味では「SNSをやらない人生」は確かに平穏かもしれない。
今回は、そんな“アンチSNS本”の主張を見ていく。
まずは王道の「嫌なら見るな」論
最初に登場するのは、非常に真っ当な意見だ。
イライラするために、見る選択をしているのは自分です。
100%正論である。
SNSを見て勝手にイライラしている人は多い。
「パンケーキ食べた」程度のツイートに噛みつく人もいる。
そういう人に対しては「嫌なら見なきゃいい」以外に言う言葉がない。
ここまでは理解可能だ。
しかし、ビジネス書の中には、さらに激しい主張が登場する。
SNSは主体性を奪い、ストーカー化し、自己嫌悪に陥るらしい
ある本にはこう書かれていた。
SNSにはまればはまるほど、自分の主体性を失い、妙なストーカー気分になり、自己嫌悪に陥る。
ここまで来ると、ほぼ人格崩壊の描写である。
僕は相当SNSを使っているが、
主体性を失った覚えもなければ、ストーカー化した覚えもない。
実際に本を読むと、著者がSNSでケンカして嫌な思いをした体験談がたくさん出てくる。
つまり、
「SNSで嫌な出来事が起きた」 → 「SNSは全部ダメ」
という雑な一般化をしてしまっただけである。
しかも「成功者はSNSをやらない」と書かれていたが、
イーロン・マスクやマーク・ザッカーバーグは普通にやっている。
むしろ世界中に向けてテスラの情報をポストし続けている。
もし彼らが「主体性を失い自己嫌悪に陥っている」のだとしたら、
人類にとって大損失なので、今すぐSNSをやめてもらうべきだ。
「スマホで記事を読むとAIに指示されるだけの人間になる」
さらに過激な意見もある。
スマートフォンで断片的な記事ばかり読むと、抽象概念を扱う能力が奪われる。
その行きつく先は「AIが指示することをひたすらこなすだけの人間」である。
言葉のインパクトだけは強烈だ。
ただし、AIの研究室にいた身として言わせてもらうと、
AIが人間に命令する未来を真面目に主張する研究者はほぼいない。
AIはあくまで「便利な道具」であり、
“指示する側”になりたがるような存在ではない。
だから、
インターネット=AIに支配される未来への第一歩
というロジックは、どう考えても飛躍がすごい。
ではなぜ著者はここまでネットを敵視しているのか?
理由は本の序盤に書いてあった。
SNS上の不毛な対立に悩まされる
またしても、ただの体験談だった。
著者がハマった抽象化の罠
SNSでのケンカをきっかけに、
- SNSは危険
- インターネットは不毛
- スマホは思考を破壊
- AI支配の未来へ……
と抽象化がどんどん拡大していったようだ。
これは皮肉にも、
その著者自身が警戒している“間違った抽象化”である。
正しい抽象化はこうだ。
「SNSではミュートやブロックを使えばだいたい平和になる」
だ。
抽象化を誤ると、人は「AIの指示だけをこなす人間」になるらしいので、
ぜひ正しい抽象化スキルを身につけていただきたい。
まとめ
・SNSにハマると主体性を失いストーカー化し自己嫌悪に陥るらしい
・スマホで記事を読むと抽象思考が消滅し、AIの指示をこなすだけの人間になるらしい
・しかしその主張の多くは「SNSで嫌な思いをした」経験の過度な抽象化だった
・正しく抽象化するなら「嫌なアカウントはミュートかブロックで十分」
