『高市内閣と自民党のねじれ:支持率乖離が示す「真のポピュリズム」とは』
支持率の乖離が示す民意の所在
現代の日本政治において、非常に興味深い現象が進行しているといえる。それは、高市内閣が小泉政権に次ぐ歴代二位という圧倒的な高支持率を維持しているにも関わらず、その基盤であるはずの自民党の支持率が三〇%未満に低迷しているという事実である。 政党支持率と内閣支持率にこれほど大きな乖離が生まれ、しかもそれが一過性ではなく維持されている現象は、過去に例を見ない。これは要するに、多くの有権者が「高市早苗内閣」という存在と、「自由民主党」という組織を、明確に区別して捉えている証左である。 保守的な思想を持つ有権者の中には、現在の自民党の在り方を嫌悪する層も少なくない。しかし、彼らは党を嫌いつつも、高市早苗という一人の政治家、そして彼女が掲げる「国家を守る」という姿勢に対しては、強い信頼を寄せているのである。
「ぶれない」ことの本質的価値
特に象徴的なのが、安全保障を巡るスタンスである。台湾有事に関する発言に対し、中国側から様々な圧力がかけられた際も、彼女は発言を撤回しなかった。 これは単に「頑固でぶれない」という印象論の話ではない。国民が評価しているのは、「日本国の安全保障を何としても守り抜く」という、政治家としての覚悟そのものである。もし仮に、ここで圧力を受けて発言を修正していたならば、支持率は急落していただろう。それは「方針転換への失望」ではなく、「自分たち国民を守ってくれないのだ」という、根本的な信頼の崩壊を招くからである。 中国共産党にとって、この日本国民の反応は大きな誤算であったに違いない。圧力によって屈するどころか、より結束を強める結果となったからだ。
ポピュリズムの再定義と自民党の限界
ここで、しばしば批判的に使われる「ポピュリズム」という言葉について考えてみたい。本来の意味においてポピュリズムとは、固定化された組織や団体を飛び越え、有権者に直接声を届けることで支持を得る手法を指す。 既成政党やエリート層、そして固定的な支持基盤による政治に対抗し、広く国民に直接訴えかける。その意味で言えば、高市総理の政治スタイルもまた、ある種のポピュリズムであるといえる。 一方で、これまでの自民党政治はどうであったか。それは、経団連などの巨大組織を支持基盤とし、大企業の利益や配当金を最大化する「株主資本主義」的な政治であった。有権者は、この企業優先の構造に限界を感じている。 だからこそ、既存の自民党的な枠組みを超え、積極財政や安全保障といった「国民が真に求める政策」を直接訴える高市総理に支持が集まるのである。逆に言えば、自民党本体の支持率が上がらないのは、彼らが国民の求める政治を推進していないと見透かされているからに他ならない。この「ねじれ」こそが、今の日本政治の核心を表しているのである。
