『21世紀の資本』を読む:ピケティが示した「格差のメカニズム」と現代への警鐘
『21世紀の資本』を読む:ピケティが示した「格差のメカニズム」と現代への警鐘
「世界の富はなぜ一部に集中するのか?」――このシンプルな問いに、トマ・ピケティは700ページを超える大著『21世紀の資本』で真正面から答えを出しました。ノーベル経済学賞受賞者ポール・クルーグマンが「この10年で最も重要な経済書」と称した理由は、その分析の緻密さと、データに裏付けられたリアリティにあります。
富はなぜ集中するのか? ピケティの基本法則「r>g」
ピケティの主張を端的に表す式が「r > g」です。
ここで「r」は資本収益率(投資によって得られる利益)、「g」は経済成長率を意味します。もしrがgを上回るなら、資本を持つ者は労働による所得の伸びを超えるスピードで富を増やし、結果として格差は拡大します。
歴史的に見ても、rがgを下回る時期はほとんどなく、富の集中は資本主義社会の“構造的な宿命”であることが示されました。特に20世紀前半の二度の世界大戦と大恐慌を経た時期を除けば、格差は常に拡大傾向にあるのです。
「β = s / g」――資本と成長のもう一つの法則
ピケティはもう一つの重要な式を提示します。
資本/所得比率(β)は「貯蓄率(s)」を「成長率(g)」で割ったもので表されるという法則です。
たとえば、成長率が低く(gが小さい)国ほど、資本が所得に比して膨らみ、富の偏在が加速する。つまり、人口成長が鈍化し、経済成長が1〜2%程度に落ち着く現代の先進国では、資本が社会を再び支配しはじめているのです。
格差を縮小したのは「戦争」だった
ピケティの分析によれば、20世紀に格差が一時的に縮小したのは経済政策の成果ではなく、第一次・第二次世界大戦による「資本の破壊」が原因でした。
戦争によって資本が失われ、資本家階層が一時的に消滅したことで、労働所得が相対的に増加した。しかし、戦後の復興とともに資本は再び蓄積し、1980年代以降のグローバル資本主義の進展によって、格差は再び拡大の一途をたどっています。
アメリカでは上位10%の富裕層が国民全体の資産の7割を所有し、下位50%はわずか2%しか持たないという現実。この数字は、19世紀ヨーロッパの不平等水準に迫っています。
格差の行き着く先と、ピケティの処方箋
このままr>gの関係が続けば、21世紀は19世紀以上に不平等な時代になる――ピケティはそう警告します。
そのうえで彼が提唱するのが、「グローバルな累進資本税(global progressive wealth tax)」です。
相続税のように一度きりの課税ではなく、資本そのものに対する継続的な課税。富の集中を抑制し、資本主義を制御可能な枠組みに戻すための提案です。
もちろん、これは理想論でもあります。国際協調が不可欠であり、タックスヘイブンなどの存在が現実的な障壁となっています。それでもピケティは、「資本主義を民主主義のもとに取り戻すためには、これしかない」と訴えます。
現代の私たちが読むべき理由
『21世紀の資本』は、単なる経済学の本ではありません。
それは「社会のあり方」を問う哲学的な書でもあります。
富を増やすことが悪いのではなく、「どこまでが健全な成長で、どこからが社会的分断を生むのか」を考えるための道しるべなのです。
読み進めるうちに、「経済の数字の裏には人間の選択がある」という当たり前のことに気づかされます。700ページというボリュームにひるむかもしれませんが、グラフや統計が丁寧に解説されており、思ったよりも読みやすい構成です。
この本は、富の不平等というテーマを通じて「民主主義と資本主義の共存」という現代社会最大の課題に真正面から向き合う一冊。
働く世代にこそ読んでほしい、時代の羅針盤です。
まとめ:ピケティが残した問い
経済は誰のためにあるのか?
成長の果実をどう分かち合うのか?
『21世紀の資本』はその答えを一方的に示すのではなく、私たち一人ひとりに考えさせる本です。
読み終えたあと、ニュースの数字の見え方がきっと変わるはずです。
