「早まるな」――まずは心を静める
新渡戸稲造は、「どんな職業でも不満は生じる。だが一時的な感情に流されると人生行路を誤る」と戒めます。職場の人間関係、業務量、評価、体調や家庭――ストレスの原因は複合的です。怒りや失望がピークのときに下した決断は、しばしば“逃避の選択”になりがち。まずは睡眠と食事を整え、感情の波が収まる「冷却期間」を置きましょう。心が整うと、同じ事実が別の輪郭で見えてきます。
感情と事実を分ける
「嫌だ」を分解して、感情語と事実語を分離します。
- 感情語:つらい、むなしい、腹が立つ、怖い
- 事実語:残業月45時間、上司交代で評価基準が変更、給与水準は同業平均−8%
紙に書き出すだけで、“気分の悪さ”と“変えられる課題”が切り分けられ、対策が見えます。
3つのレンズで原因診断
- 仕事内容レンズ:適性・成長・裁量。学べる余白は残っているか。
- 環境レンズ:上司・チーム・制度。部署移動や上長変更で改善可能か。
- 生活レンズ:健康・家庭・通勤。働き方の再設計(時短/リモート/役割変更)で解決できるか。
レンズごとに「今の会社で是正可能」「外に出ないと解けない」を判定します。内部で解ける課題なら、転職より先に調整を打つ方が費用対効果が高いことが多い。
期限を区切った実験をする
冷却期間のあと、90日を目安に小さな実験を設計。
- 役割拡張の提案、業務の標準化、担当替えの打診
- 資格学習や社外プロジェクトでのスキル検証
- 睡眠・運動・通勤導線の見直し
「やれることはやった」と言えるまで試し、その結果で再評価します。行動の軌跡が意思決定の根拠になります。
「去る理由」と「行く理由」を分ける
後悔の少ない転職は、“ネガ回避”だけでなく“ポジ獲得”が明確です。
- 去る理由:ハラスメント、慢性的過重労働、制度的不整合
- 行く理由:使命との一致、成長速度、報酬/裁量/文化の適合
「次で何を得るのか」を1行で言語化できなければ、感情駆動の可能性が高い。
思考のクセを点検する
人は感情の高ぶりの中で、認知の歪みを起こします。
- 全か無か:「この職場は最悪」→良い点も列挙する
- 心の読心:「上司は私を嫌っている」→事実に基づく証拠は?
- 過度の一般化:「どこへ行っても同じ」→求人や面談情報で検証
クセを自覚すると、判断が澄みます。
セーフティネットを整える
冷静な判断を支える土台は現実面の備えです。
- 生活費6か月分の緊急資金
- 転職せずに済む場合も価値があるスキル棚卸し(実績/数値/成果物)
- リファレンス(上司・同僚・顧客)との関係性の維持
- 健康診断・メンタルケアの受診
準備が整うほど、感情ではなく選択肢で決められます。
内部異動という選択肢
同じ会社でも、部署・上司・プロダクトが変われば世界は一変します。社内公募、プロジェクト横断参加、勤務形態変更――外へ出る前に内なる市場を探索。新渡戸の言う「早まるな」は、こうした低リスクの改善策を尽くせという含意でもあります。
最終チェックリスト(5問)
- 48時間以上置いても決意は変わらないか
- 去る理由と行く理由を別々に書けるか
- 内部で試せる改善をやり切ったか
- 数字で示せる実績を準備したか
- 健康・家計・家族合意に抜けがないか
5つ全てに「はい」なら、転職の質は高まっています。どれかが「いいえ」なら、もう一呼吸。
まとめ:感情を尊び、しかし支配させない
感情はシグナル、決断はスキル。新渡戸稲造の「一時的な感情に左右されるな」という教えは、感情を無視せよではなく、事実と行動で吟味せよという指針です。冷却→分解→実験→比較→備え――この順で進めば、転職は“逃避”から“戦略”へと変わります。今日の不満で明日を決めず、今日の行動で明日を変える。これが、後悔しないキャリアの歩き方です。
ABOUT ME

理学療法士として臨床に携わりながら、リハビリ・運動学・生理学を中心に学びを整理し発信しています。心理学や自己啓発、読書からの気づきも取り入れ、専門職だけでなく一般の方にも役立つ知識を届けることを目指しています。