政治・経済

政府が「不正」を推奨した日:消費税とカルテルの矛盾

taka

資本主義に対する「異物」

日本は自由な資本主義国家であるはずだ。モノやサービスの価格は、需要と供給のバランスによって市場が自由に決定する。それが原則だ。 しかし、消費税という存在は、その原則を真っ向から否定する。「国による強制的な一律値上げ」だからだ。企業努力で価格を下げようとも、国が「必ずこれだけ上乗せしろ」と命じる。市場原理を無視して価格をコントロールするその性質は、資本主義というよりも、まるで共産主義的な計画経済のようには見えないだろうか。

独占禁止法を無効化する矛盾

この「強制値上げ」の異常さを際立たせるのが、増税時に政府が取った対応だ。 通常、企業同士が話し合って「一緒に値上げをしよう」と決めることは、独占禁止法における「カルテル(価格協定)」として厳しく禁止されている。自由競争を阻害する犯罪行為だからだ。 ところが、消費税導入や増税の際、政府はこの禁じ手をあえて推奨した。「消費税転嫁カルテル」として、一時的に独占禁止法の適用を除外したのだ。「みんなで手を組んで、一斉に値上げをしても構わない。むしろそうしてくれ」と国が号令をかける。これは、自由競争のルールを国自らが破壊する、一種の社会主義的な価格統制に他ならない。法を曲げてまで遂行された増税は、経済の根幹を歪める劇薬だったといえる。

1997年の悔恨と誤算

1997年、橋本龍太郎政権下で消費税は3%から5%へと引き上げられた。 この決断を、橋本元首相は晩年まで深く悔やんでいたという。「私は失敗した」と。 もちろん、彼に悪意があったわけではない。財政再建は国家にとって必要な正義だと信じていたのだ。ただ、「景気は回復基調にある」という財務省の楽観的な報告を信じ、増税のタイミングを見誤った。時期尚早な引き締めが経済の腰を折ることに、気づくのが遅すぎたのである。善意の決断が、必ずしも良い結果をもたらすとは限らないという、残酷な実例だ。

「失われた30年」の起点として

橋本元首相の個人的な後悔で済めばよかったのかもしれない。しかし、その代償を支払ったのは日本国民全体だった。 この5%への増税を境に、日本経済はデフレの泥沼へと沈んでいく。給料が上がらない、モノが売れない、成長が止まる。いわゆる「失われた30年」の幕開けである。 たった一つの政策判断、たった数パーセントの数字の変更が、その後数十年にわたって国家の活力を奪い去る。消費税というシステムが孕む「強制力」と「破壊力」を、我々は歴史の教訓として、もっと重く受け止めるべきではないだろうか。

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TAKA
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理学療法士/ビール
理学療法士として臨床に携わりながら、リハビリ・運動学・生理学を中心に学びを整理し発信しています。心理学や自己啓発、読書からの気づきも取り入れ、専門職だけでなく一般の方にも役立つ知識を届けることを目指しています。
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