二つのインフレを見極める視点と正しい対策
デマンドとコストが生む対照的なインフレ
インフレは、需要が過剰に膨らむのか、供給が縮むのかによって、デマンドプル・インフレとコストプッシュ・インフレに明確に分けられる。この二つは原因が異なるだけでなく、その結果も大きく違う点が重要である。
需要に支えられたデマンドプル・インフレは、賃金や国民所得が伸び、経済全体が拡大する。一方、供給制約によるコストプッシュ・インフレは、企業の生産能力が削がれ、経済を縮小させる。物価上昇という表面的な現象は同じでも、その裏にある動きはまったく逆である。
総需要と総供給の基本図で読み解く
経済学の初歩的な枠組みである「総需要/総供給分析」は、この違いを理解する上で有効である。縦軸に物価、横軸に産出量(GDP)を置き、総需要曲線は右下がり、総供給曲線は右上がりの形となる。
需要が増えると総需要曲線が右に移動し、物価と産出量がともに上昇する。これが経済成長を伴うデマンドプル・インフレである。しかし、供給能力の限界を超えて需要が増えると、産出量は伸びず、物価だけが上昇する。この段階になると、インフレの加速が問題視されるようになる。
対照的に、供給が減る場合は、総供給曲線が左に移動する。物価は上昇するが、産出量は減少し、経済全体は縮小する。これがコストプッシュ・インフレの典型的な姿である。
デマンドプル・インフレへの処方箋
デマンドプル・インフレが進んでいる局面では、需要の過熱を抑える政策が必要になる。財政支出の削減、増税、金利の引き上げといった手段によって総需要を抑制し、総需要曲線を左へ戻す。こうして供給能力の範囲内に需要を収めることができれば、物価は安定へ向かう。
需要主導のインフレは、政策の方向が比較的明確であり、金融・財政の引き締めによって調整が可能だといえる。
コストプッシュ・インフレの難しさ
供給要因で物価が上がるコストプッシュ・インフレは、一段と厄介である。対応策としては、供給力そのものを高める必要があるため、総供給曲線を再び右に押し戻す取り組みが求められる。
石油危機が原因であれば新規油田の開発や代替エネルギーの確保、食料価格が原因なら農業生産の拡大などが必要となる。ただし、これらはすぐに成果が出るものではなく、時間と投資を要する。
より即効性のある策として、関税や課税の軽減によって輸入財の価格を抑える方法も考えられる。しかし根本的な解決には、生産性向上に向けた長期の取り組みが不可欠である。
生産性向上と公共投資の役割
供給制約を緩めるためには、生産性そのものを引き上げることが最も効果的である。交通・通信・電力のインフラ整備、研究開発への投資、人材育成など、経済基盤を強化する施策が求められる。
これらは規模が大きく、長期間にわたり計画的に実施しなければ効果が出ない。そのため公共投資の拡大や、民間の設備投資を支援する政策が必須となる。
結局のところ、コストプッシュ・インフレへの対応は、財政支出を拡大して供給力を底上げするという方向へ収れんしていく。金融引き締めだけでは解決できないのが、コストプッシュの本質的な難しさといえる。
