自分の権利だけを考えるな──新渡戸稲造『人生雑感』に学ぶ、義務を忘れない生き方
「権利」ばかりを求める心が、不満を生む
新渡戸稲造は、『人生雑感』でこう述べています。
「世の中には自分の権利だけを考えて、義務を考えない人が多い。」
この言葉は、現代にもそのまま通じる警鐘です。
「自分の権利」を主張することは、決して悪いことではありません。
しかし、そこに「義務」の意識が伴わないと、人はすぐに不満を抱きます。
なぜなら——
「自分の権利だけを考えるから、世の中への不満や人を恨む気持ちが起こってくる。」
人は「してもらえなかった」ことに敏感になり、
「自分がしていない」ことには鈍感になるもの。
その結果、
- 「なぜ自分だけ大変なのか」
- 「誰も自分を助けてくれない」
- 「社会は不公平だ」
という思いが募り、心がどんどん荒れていく。
新渡戸は、この“心の偏り”こそが、人間関係を壊し、社会を乱す根本原因だと見抜いていたのです。
義務を忘れた人は、孤独になる
「自分が病気のときには、人は自分の見舞いに来るべきだと考える人にかぎって、人が病気のときには決して見舞いに行かないものだ。」
この一節は、まさに「権利と義務」のバランスの象徴です。
自分が辛いときに人の優しさを求める——それは自然な感情です。
しかし、自分が元気なときに他人の苦しみに寄り添わない人は、
結局のところ、人との絆を育てる機会を失っているのです。
そして、そうした人ほど、
「誰も自分を気にかけてくれない」と孤独を感じるようになります。
新渡戸が言いたいのは、
「義務を果たすことが、自分の幸福を支える土台になる」ということです。
与えなければ、受け取ることもできない。
思いやりのない心には、思いやりが返ってこない。
それが人間社会の真理なのです。
「権利」と「義務」は、呼吸のような関係
「権利」と「義務」は、息を吸うことと吐くことのように、どちらも必要です。
吸うばかり(=求めるばかり)では苦しくなり、
吐く(=与える・尽くす)ことで、初めて呼吸が整います。
人間関係でも同じです。
- 愛されたいなら、まず愛すること。
- 理解されたいなら、まず理解すること。
- 助けられたいなら、まず助けること。
この自然の法則を忘れたとき、人は不満に囚われ、幸せを見失います。
新渡戸は、「権利」よりも「義務」を先に考えることが、
結局は自分の人生を豊かにする最善の方法だと教えているのです。
義務を果たす人は、静かに信頼される
義務を意識して生きる人は、派手な自己主張をしません。
しかし、そうした人こそ、
周囲から「信頼」という最も確かな報酬を受け取ります。
たとえば、
- 約束を守る人は、自然と頼られる。
- 仕事を丁寧にこなす人は、やがて評価される。
- 困っている人に手を差し伸べる人は、いつか助けられる。
これは「損得」ではなく、「人の道」の問題です。
そしてこの“静かな信用”こそ、権利を主張して得られる一時的な利益よりも、
ずっと長く人を支える財産になるのです。
「与える生き方」がもたらす心の安定
新渡戸稲造の教えには、「与える人こそ幸福である」という信念があります。
それは宗教的な意味ではなく、心理的な真理です。
人は「自分のため」だけに生きていると、
いつも他人との比較や損得に心が振り回されます。
しかし、「人のために何ができるか」と考えると、
心は不思議と穏やかになり、満たされるのです。
つまり、義務を果たすことは、
自分の幸福をつくる最も実践的な方法なのです。
現代社会における「権利」と「義務」
現代は「自分らしさ」や「自己主張」が重視される時代です。
それ自体はとても大切な価値観ですが、
同時に「義務」や「思いやり」が軽んじられやすくなっているのも事実です。
SNSやニュースでも、「権利を主張する声」は目立ちますが、
「義務を果たす姿勢」は静かで、注目されにくい。
しかし、社会を支えているのは、
その“静かな努力”を惜しまない人たちなのです。
新渡戸が生きた明治時代も、個人主義が広がる中で、
彼は「自由には責任が伴う」「権利には義務がある」と繰り返し説きました。
まさに、時代を超えて響く普遍の真理です。
まとめ:義務を果たす人は、最後に幸福になる
『人生雑感』第148節の教えは、次の3つにまとめられます。
- 権利ばかりを考えると、不満と孤独が生まれる。
- 義務を果たすことで、人との信頼と幸福が築かれる。
- 与える心こそ、最も確実に自分を満たす方法である。
新渡戸稲造の言葉を借りれば、
「義務を果たすことは、権利を得る最上の道である。」
社会や人間関係の中で本当に幸せになりたいなら、
求めるより、まず与える。
主張するより、まず尽くす。
そうした生き方こそ、
『人生雑感』が教える“人としての成熟”なのです。
最後に
新渡戸稲造の言葉を現代風に言えば、こうなります。
「権利を主張する前に、今日一つ、義務を果たそう。」
それは誰かのためであると同時に、
最終的には自分の心を豊かにする行為です。
義務を忘れない人ほど、人に恨みを持たず、
静かに、しかし確実に幸福へと近づいていくのです。
